竜帝陛下と私の攻防戦
夕方まで続いた講義がようやく終わり、帰宅の電車内で吊革に掴まってぼんやりと車窓から夕焼け雲を見ていた佳穂は、冷蔵庫の中身が少なくなっていたことを思い出した。
トートバックの中にエコバックが入っているのを確認して、降車駅へ着くと人の波に流されながら電車を降りた。
(……重い。さすがに買いすぎたかな)
駅近くのスーパーへ寄り、二日分の食材を購入して重たい荷物を引きずるようにしながら歩く。
ベルンハルトという食客が増えた分、食材の量も増えてエコバックはずっしりと重くなっていた。
食材の重さと拭い自暑さで額から流れ落ちた汗を空いた手の甲で拭い息と吐く。
ふと、同年代のカップルが目に入ってきた。
彼等もスーパーからの帰りなのだろうか、彼氏が片手で食品の入った袋も持ちもう片方の手は彼女としっかり繋いで、楽しそうに夕飯のメニューについて談笑しながら歩いていた。
普段ならそんなことは思わないのだが、今みたいな重たい荷物を持っていると幸せそうに彼氏と談笑する彼女が羨ましくなる。
手を繋ぎたいとかじゃなくて、荷物を持ってくれる相手がいたら楽なのに。
せめて、一緒にご飯を食べるのだからベルンハルトが隣にいたらと想像してみる。
(うーん、駄目だわ)
以前、ベルンハルトとスーパーへ行った時は、彼がカゴの中に目に付くものをポイポイと入れて大変だったんだ。
それに、若い男女がスーパーで買い物だなんて友人知人に見られたら、特に噂好きな下町商店街のおばちゃん達に見られたら、更に勘違いされてしまう。
ポツ、ポツポツ……
突然、晴天だった空から大粒の雨粒が落ちてくる。
まさかの夕立に、佳穂は慌てて定休日でシャッターが下りている店の軒下へ走った。
「最悪」
空を仰げば先程までの青空が一変、どんより灰色の雨雲に覆われていた。
朝の天気予報では降水確率10%だったのに。折り畳み傘も日傘も無いから夕立が通り抜けるのを此処で待つしかない。
雨に濡れながら小走りに走っていく人、コンビニで購入したと思われるビニール傘をさす人、道行く人をぼんやり眺めながら佳穂は重い買い物袋を持ち代える。
気分が落ち込んでいる時に限って雨にまで降られるとは、つくづくここのところ運が悪い。
ジワリ、俯いた佳穂の目に涙が浮かぶ。
パシャッ
俯いて地面を見ていた佳穂の視界へ、誰かのスニーカーが飛び込んできた。
「えっ?」
水溜まりになったアスファルトの地面に、見覚えのある有名スポーツブランドのスニーカー。信じられない思いで佳穂は顔を上げた。
「迎えに来た」
目を見開いて驚く佳穂へぶっきらぼうに言ったのは、自宅に居るはずのベルンハルトで。
叔父が使っていた黒い傘をさして、もう片方の手には花柄の佳穂愛用の傘を手にしていた。
「ベルンハルトさん? どうして、なんで……」
彼が傘を持って迎えに来るなど信じられず、佳穂は夢でも見ている気分で呆然と呟く。
「風邪でもひかれたら厄介だろう」
呆れたように言って、ベルンハルトは花柄の傘を差し出した。
ぎこちなく「ありがとうございます」と傘を受け取ると同時に、ベルンハルトは佳穂が片手に持っていた買い物袋を奪い取る。
どうして彼は、心臓が繋がって厄介だと言う佳穂へ優しくするのだろう。
こんなに優しい態度をとられたら、期待してしまうじゃないか。
異世界の皇帝陛下で、佳穂とは出会うことは無かったはずの相手。
出会った時の恐ろしい姿から、本来の彼はとても怖い人なのだろう。
それに、後宮にいる女性達を立場上受け入れたにすぎない性欲処理の相手、と言い切っていたろくでなし男だ。
(もう少ししたらサヨナラなのに、別れる相手なのに異性として意識させないで)
無意識のうちに、佳穂はぎゅっと下唇を噛む。
「どうした? そんな顔はお前らしくない。どうかしたのか?」
「えっ? いやいや、何でもないですよ」
思考の淵へ落ちていた佳穂は、ハッと我に返ると強張った口元を動かして笑みを作る。
取り繕おうとする佳穂に、ベルンハルトは眉間に皺を寄せた。
「その作り笑いは止めろ。誤魔化そうとしても無駄だ。お前はわかりやすいからな」
(……どうして?)
思っていることが直ぐに顔に出て分かりやすいと、同じ様なことを叔父にも言われたことがある。
ベルンハルトという男は本当にやりにくい男だ。
無難に笑っていれば、大概の相手は誤魔化せていたのに。
「何にも、無いです。ただ、講義が長くて少し疲れて、不安定になっているだけかな」
そう、最近の変化に疲れて不安定になっているだけ。彼に対して苛立つのはただの八つ当たり。
異性として見てしまいそうになるのは、ただの勘違いしているだけ。
すがり付きたくなるのは、疲れているだけ。
(でも……本当にそうなの?)
「何故、そんな顔をする」
「えっ?」
「外で何かあったのだろう。お前の気が乱れると、心臓が繋がっている俺が苦しくなる」
迷惑だと言葉に含ませつつも、ベルンハルトの声色は甘く優しい。
不器用な彼の気遣いに、このもやもやした気持ちがほどけていくのを感じて、佳穂は涙が零れ落ちそう目元と無理矢理動かして何とも情けない笑みを作った。
トートバックの中にエコバックが入っているのを確認して、降車駅へ着くと人の波に流されながら電車を降りた。
(……重い。さすがに買いすぎたかな)
駅近くのスーパーへ寄り、二日分の食材を購入して重たい荷物を引きずるようにしながら歩く。
ベルンハルトという食客が増えた分、食材の量も増えてエコバックはずっしりと重くなっていた。
食材の重さと拭い自暑さで額から流れ落ちた汗を空いた手の甲で拭い息と吐く。
ふと、同年代のカップルが目に入ってきた。
彼等もスーパーからの帰りなのだろうか、彼氏が片手で食品の入った袋も持ちもう片方の手は彼女としっかり繋いで、楽しそうに夕飯のメニューについて談笑しながら歩いていた。
普段ならそんなことは思わないのだが、今みたいな重たい荷物を持っていると幸せそうに彼氏と談笑する彼女が羨ましくなる。
手を繋ぎたいとかじゃなくて、荷物を持ってくれる相手がいたら楽なのに。
せめて、一緒にご飯を食べるのだからベルンハルトが隣にいたらと想像してみる。
(うーん、駄目だわ)
以前、ベルンハルトとスーパーへ行った時は、彼がカゴの中に目に付くものをポイポイと入れて大変だったんだ。
それに、若い男女がスーパーで買い物だなんて友人知人に見られたら、特に噂好きな下町商店街のおばちゃん達に見られたら、更に勘違いされてしまう。
ポツ、ポツポツ……
突然、晴天だった空から大粒の雨粒が落ちてくる。
まさかの夕立に、佳穂は慌てて定休日でシャッターが下りている店の軒下へ走った。
「最悪」
空を仰げば先程までの青空が一変、どんより灰色の雨雲に覆われていた。
朝の天気予報では降水確率10%だったのに。折り畳み傘も日傘も無いから夕立が通り抜けるのを此処で待つしかない。
雨に濡れながら小走りに走っていく人、コンビニで購入したと思われるビニール傘をさす人、道行く人をぼんやり眺めながら佳穂は重い買い物袋を持ち代える。
気分が落ち込んでいる時に限って雨にまで降られるとは、つくづくここのところ運が悪い。
ジワリ、俯いた佳穂の目に涙が浮かぶ。
パシャッ
俯いて地面を見ていた佳穂の視界へ、誰かのスニーカーが飛び込んできた。
「えっ?」
水溜まりになったアスファルトの地面に、見覚えのある有名スポーツブランドのスニーカー。信じられない思いで佳穂は顔を上げた。
「迎えに来た」
目を見開いて驚く佳穂へぶっきらぼうに言ったのは、自宅に居るはずのベルンハルトで。
叔父が使っていた黒い傘をさして、もう片方の手には花柄の佳穂愛用の傘を手にしていた。
「ベルンハルトさん? どうして、なんで……」
彼が傘を持って迎えに来るなど信じられず、佳穂は夢でも見ている気分で呆然と呟く。
「風邪でもひかれたら厄介だろう」
呆れたように言って、ベルンハルトは花柄の傘を差し出した。
ぎこちなく「ありがとうございます」と傘を受け取ると同時に、ベルンハルトは佳穂が片手に持っていた買い物袋を奪い取る。
どうして彼は、心臓が繋がって厄介だと言う佳穂へ優しくするのだろう。
こんなに優しい態度をとられたら、期待してしまうじゃないか。
異世界の皇帝陛下で、佳穂とは出会うことは無かったはずの相手。
出会った時の恐ろしい姿から、本来の彼はとても怖い人なのだろう。
それに、後宮にいる女性達を立場上受け入れたにすぎない性欲処理の相手、と言い切っていたろくでなし男だ。
(もう少ししたらサヨナラなのに、別れる相手なのに異性として意識させないで)
無意識のうちに、佳穂はぎゅっと下唇を噛む。
「どうした? そんな顔はお前らしくない。どうかしたのか?」
「えっ? いやいや、何でもないですよ」
思考の淵へ落ちていた佳穂は、ハッと我に返ると強張った口元を動かして笑みを作る。
取り繕おうとする佳穂に、ベルンハルトは眉間に皺を寄せた。
「その作り笑いは止めろ。誤魔化そうとしても無駄だ。お前はわかりやすいからな」
(……どうして?)
思っていることが直ぐに顔に出て分かりやすいと、同じ様なことを叔父にも言われたことがある。
ベルンハルトという男は本当にやりにくい男だ。
無難に笑っていれば、大概の相手は誤魔化せていたのに。
「何にも、無いです。ただ、講義が長くて少し疲れて、不安定になっているだけかな」
そう、最近の変化に疲れて不安定になっているだけ。彼に対して苛立つのはただの八つ当たり。
異性として見てしまいそうになるのは、ただの勘違いしているだけ。
すがり付きたくなるのは、疲れているだけ。
(でも……本当にそうなの?)
「何故、そんな顔をする」
「えっ?」
「外で何かあったのだろう。お前の気が乱れると、心臓が繋がっている俺が苦しくなる」
迷惑だと言葉に含ませつつも、ベルンハルトの声色は甘く優しい。
不器用な彼の気遣いに、このもやもやした気持ちがほどけていくのを感じて、佳穂は涙が零れ落ちそう目元と無理矢理動かして何とも情けない笑みを作った。