竜帝陛下と私の攻防戦
 際立った美貌でもなく男を惹き付ける肉感的な身体でもない。
 黒曜石の瞳と濡れ羽色の黒髪は確かに美しいと思うが、それだけだ。

 最初は呪いによる精神干渉だったはずなのに、佳穂の感情、喜怒哀楽に接しているうちに抱いた欲。
 この平凡な娘への興味と、身も心も欲しいという望みは干渉ではない、自分のものだと自覚していた。

「お前は月のようだな。誰に媚びる事なく、日光のように強くは無いが俺を惹きつけるやわらかな光を放つ。この惹き付けられる感情は、魔術書による干渉、心臓が繋がったせいだとは分かっている」
「え?」
「だが、」

 掴んだ手ごと華奢な身体を自分の方へ引き寄せ、縁側の板へと組み敷いた。

 何が起こった理解出来ずにいる佳穂は、大きく目を見開いたまま浅い呼吸を繰り返す。
 至近距離で、佳穂の甘い吐息と仄かな石鹸の香りを吸い込み、ベルンハルトは身体の奥から熱情が沸き上がってくるのを感じた。
 佳穂の手から離れた徳利が床に転がり、こぼれた酒が床に小さな水たまりを作る。
 大きく見開かれた黒曜石の瞳は揺れ動き、慌てて徳利を拾おうとする手をやんわりと握った。

「な、にを……?」

 困惑と僅かな恐怖で全身を真っ赤に染めながら、身を捩って逃れようとする佳穂の頬へ、逃がさないように手のひらを添える。


「俺は、お前が欲しい……」

 甘く低く囁いて、佳穂の耳元へ吐息を流し込む。
 互いの吐息を感じ、唇が触れ合うまであと少し。

「だめぇ」

 唇が触れる間際、涙を浮かべた佳穂は左手で唇を覆った。
 涙目になった彼女のささやかな抵抗に、ベルンハルトはクツリと喉を鳴らす。

「心臓が壊れそうなくらい早鐘を打っているな。心臓が繋がり傷を共有しているのだから、他の感覚も共有しているのだろう。お前を抱いたら、その身を快感に溺れさせたら、どれだけ甘美な快楽を得られるのか。俺を拒むな。その身へ全て受け入れろ。カホ」

 初めてベルンハルトに名前を呼ばれ、佳穂は大きく目を見開いた。

 初めて音として発した彼女の名前は、それだけ甘美な響きとなりベルンハルトの身体中を駆け巡る。
 強張っていた佳穂の身体から力が抜け、唇を覆っていた左手は簡単に外れていく。

 ちゅっ、唇が重なる。
 幼い子ども同士がする唇が触れるだけの口付けは、今まで飲んだどんな美酒より甘く酔わせるもので。

 啄むような口付けは徐々に深くなっていき、息苦しさに少しだけ開いた佳穂の唇の隙間から、舌先を口腔内へと侵入させた。
 舌先で歯列をなぞり、逃げ惑う佳穂の舌を絡め取る。
 逃げようとした仕置きで時折軽く吸い上げてやれば、蕩けた黒曜石の瞳からは涙が一筋流れ落ちた。

「は、ぅんっ」

 打ち上げられる花火の音よりも、ちゅくちゅくと互いの舌を絡ませる卑猥な水音が聴覚を犯していく。
 佳穂の口腔内へ唾液を流し込み、舌先でかき混ぜて吸い上げる。
 互いの唾液を混ぜたものなど他の女だったら飲み込みたくもなく、舌を絡ませる行為は嫌悪感すら覚えるのにこの異世界の娘だけは違う。
 佳穂の全てに口付けて舌を這わし、全てを奪いたくなる。

 苦しさと快楽に揺れる表情をもっと乱してやりたくて、甘く痺れるゆるい快感をもっと高めようと、ベルンハルトは彼女の胸元へ手を伸ばす。

 だが、共衿の隙間へ指先が触れようとした時、情欲の混じり合う心地よさと目蓋の重さに堪えきれず、佳穂はゆるゆると瞳を閉じた。


「おい、カホ」

 このタイミングで寝入るとは思ってもみなかったベルンハルトは、呆気にとられて上半身を起こす。
 熱を持つ頬へ触れてみても、彼女の閉じた目蓋は開かない。

 片手で顔を覆ったベルンハルトは、込み上げてくる笑いで肩を震わせた。

「くっくくくっ、何て豪胆な女だ」

 混じりあった感情と口付けは、甘い快感となりベルンハルトを蕩けさせた。

 口付けだけでこの甘さならば、もっと深く繋がったらどれ程の快感を得られるのか。
 身体の奥を突き上げてやれば、佳穂はどれだけ乱れるのか。

 自分の下で、彼女が快楽に乱れて泣き喘ぐ姿を想像するだけで、下半身が痛いくらい滾っていく。

 想像とは異なり現実の佳穂は、板の上に寝転がり寝息をたてている。
 少量の酒は入っても、男に組み敷かれて口説かれている状況で寝入る女など、記憶を遡ってみても出会ったことは無い。

「すぐに手に入るのはつまらん、か」

 簡単に腕の中へ落ちて来ないのならば、この世界に滞在する残りの数日間で必ず、この娘の心を手に入れてやろう。
 初めて身も心も全てを欲しいと思った獲物を逃してなどやらない。

 ベルンハルトは、何も知らずに眠る彼女の首筋へ唇を落とした。
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