竜帝陛下と私の攻防戦
「ベルンハルトさん?」
名を呼ばれて我に返った次の瞬間、目の前に飛び込んだのは心配そうに眉尻を下げている佳穂の顔だった。
「具合悪いの? 大丈夫?」
先程は「近い」と文句を言ってきたくせに、佳穂は自分からベルンハルトに近付きそっと腕に触れる。
ソファーに座ったベルンハルトが頭を抱えて考え込んでいるように見え、心配して見に来たのだろう。
顔を確認しようと身を屈めて下から覗き込んでくるものだから、佳穂の視線は上目遣いとなり胸元が開いたカットソーの隙間から下着と胸の谷間が見えた。
本人は無意識だろうが、彼女の姿は誘っているようにしか見えない。
全くこれだから何時も無防備だと言っているのに、佳穂は何も気にしやしないし自分の魅力に気付きもしない。
「べる、んっ!?」
返事の代わりに佳穂の後頭部を引き寄せて、反応が遅い彼女の唇を奪ってやった。
次いで鼻先にも唇で軽く触れる。
それは、チュッとリップ音がしそうなくらいの挨拶代わりの軽い口づけだったが、初な佳穂の顔は一気に真っ赤になっていく。
「ななななっ……」
完全に不意打ちだった佳穂は、パクパクと口を動かすだけがやっとでベルンハルトは吹き出しそうになった。
「いきなり何するんですかー!?」
「無防備に俺の顔をのぞき込んでくるからだろう?」
くしゃりと前髪を片手で混ぜてやれば、同様のあまり佳穂は幼い子どものように唇を尖らす。
「だからってキ、キスすること無いじゃないの」
「口付けは初めてではなかろう。俺が口付けたくなったから、したまでだ」
「うう、俺様」
口でも勝てないと悟ったのか、佳穂はブツブツ文句を言いながら台所へと戻って行った。
先程聞こえたトリスタンの声から、部下達は魔術師を集めて何らかの方法で次元の壁を抉じ開けようとしているのだろう。
引き戻そうとする力を遮断した際、自身の魔力の感覚で確信した。
やはり、月の満ち引きに影響されて魔力が戻ってきている。
竜帝と呼ばれるほど強い魔力を持つベルンハルトの本来の魔力は、この世界に悪影響を与えかねない。
この世界のバランスを崩さないように、元の世界へ戻そうとする力が働き界跨ぎの転移は成功するだろう。
(この世界に居る高位の存在が、俺という歪みを排除しようとしているのか。フンッ、面白い)
この世界に居られる時間はあと二日。
元居た場所へ戻る事を望んでいたのに、素直に戻る事を受け入れきれないのは、きっと、この無防備で鈍感で甘い女を欲しいと思ってしまったからだろうか。
口元に手を当ててベルンハルトは思案する。
魔術書の強制力を使うのも癪だが、どうすれば欲しい女の全てを手に入るのかを。
佳穂の意思を無視して力付くで連れていくのは最も楽な方法だが、それでは一筋縄ではいかない佳穂の心まで手に入らない。
身体も心も自ら差し出すように仕向けるには、もっと刺激的な展開が必要だ。
(俺と繋がっている以上、カホに精神魔法は効かぬ。恐怖や誘惑で従わせることは簡単だ。しかし、それではカホは笑わなくなる。この世界に残しておくにも、警戒心が薄すぎて心配になる。守りを付けたとしても存在を認めてしまった以上、俺が離れられるのか。側から離れてカホに他の男が近付くのは、許せない。さて、どうしたものか)
朝食準備が終わったと声をかけられるまで、ベルンハルトは佳穂が知ったら悲鳴を上げそうな計略を巡らしていた。