竜帝陛下と私の攻防戦
ぶつんっ
勢い良く振り上げた衝撃でバッグの持ち手が金具ごと取れ、次いでカブセを留めていた金具が外れる。
バックのカブセが開き、中に入っていた大きなポーチとペットボトルやスマートフォン等、ユリの頭上から彼女目掛けて降りかかった。
「きゃあっ!?」
ガチャンッ! ガンッ!
派手な音を立ててバッグの中身が床に散らばり、ユリはスマートフォンの角と中身が入ったペットボトルが直撃した頭を押さえた。
コーヒーの件で言い争いをしていた女子と男子達も、大きな音で振り返る。
「いっ、うぅ……」
「ユ、ユリッ!?」
頭を抱えたユリの姿に、狼狽えた友人達が声をかける。
「あの、だいじょう、」
頭を押さえたユリの指の間から赤いモノが見え、戸惑う佳穂の二の腕を後ろから近付いた誰かが掴んだ。
「カホ」
低音の耳に馴染む声が聞こえ、体の強張りが楽になっていく。
いつの間にか佳穂の側に立っていたベルンハルトに気が付き、友人は口を開けて大きく目を見開いた。
「遅いから迎えに来た」
「ベルン、ハルトさん? どうして此処に?」
緊迫した状況だったとはいえ、ベルンハルトが近付いて来る気配も足音も分からなかった。
「守護魔法が発動して、カホに何かあっただと分かった。無事、だな」
佳穂の腕から手を離して腰を抱いたベルンハルトは、整った彼の顔を見慣れている佳穂でも見惚れしまうような笑みを浮かべた。
極上の微笑みを間近で見てしまい、頬を赤らめた友人の口からも感嘆の声が漏れる。
「待ちなさい、ひっ!」
スマートフォンが当たり、切れた頭部の傷から流れる血をハンカチで抑えながら、ユリは怒りと痛みで赤くなった顔を上げた。
佳穂を抱くベルンハルトを見た瞬間、赤だった顔色から色が抜け落ちて行き、蒼白へと変化していく。
「黙れ」
たった一言、ベルンハルトが命じただけで、ユリと彼女の友人達は口を噤み震え出す。
立っていられず床に座り込み、全身を激しく震わすユリの異様な姿に周囲の学生達も困惑し、彼女達から距離をとる。
「行くぞ」
ベルンハルトの意思に従うように、佳穂の足は彼と一緒に出入り口へ向かって動き出した。
「あ、また連絡するね」
自由になる首を動かした佳穂は、唖然としている友人へ声をかけた。
「君たち! 何をしているんだ!?」
出入り口へ向かう途中、騒ぎを聞きつけてようやく駆け付けた職員と警備員数人と擦れ違う。
遠目から見えたのは、職員に話しかけられても呆然自失状態で答えられず、床に座り込むユリ達の姿だった。
大学の校舎から出てしばらく歩いた後、急に周囲から人の気配が消える。
「あの女達、裏で何人もの女を泣かし男を騙し利用していたようだ。特にカホに手を出そうとした女は、多くの者からの恨み妬みの思念が絡み付いている。あの女達が他者へ悪意を抱く度、悪意が自分へ跳ね返ってくるようにした」
あれほどうるさかった蝉の鳴き声も聞こえず、不自然なくらいの無音の世界でベルンハルトの声だけが佳穂の耳に届く。
「この先、カホに悪意を向ける余裕も無くなるだろう」
愉しそうに目を細め口角を上げるベルンハルトは、初めて会った頃の“恐ろしい皇帝”の顔をしていた。
(ベルンハルトさんが何かしたのね。彼が怖い人だって忘れていた。でも……助けに来てくれたのは、嬉しい)
腕に回されたベルンハルトの手に佳穂は自分の手を重ねた。
少し前までは近寄るだけで緊張していたのに、彼の体温を感じられるのが嬉しいと、彼の傍らが安心できる場所だと思うようになったのは、心臓が繋がっているからではない。
大学の敷地から出ると腰から手を離したベルンハルトは、佳穂の肩からトートバックを奪い取り自分の肩に掛ける。
「ベルンハルトさん、迎えに来てくれてありがとう」
「ああ」
残された時間はあと少し。
二人並んで歩く幸せを感じながら、佳穂とベルンハルトは手を繋いで駅までの道を談笑しながら歩いた。
勢い良く振り上げた衝撃でバッグの持ち手が金具ごと取れ、次いでカブセを留めていた金具が外れる。
バックのカブセが開き、中に入っていた大きなポーチとペットボトルやスマートフォン等、ユリの頭上から彼女目掛けて降りかかった。
「きゃあっ!?」
ガチャンッ! ガンッ!
派手な音を立ててバッグの中身が床に散らばり、ユリはスマートフォンの角と中身が入ったペットボトルが直撃した頭を押さえた。
コーヒーの件で言い争いをしていた女子と男子達も、大きな音で振り返る。
「いっ、うぅ……」
「ユ、ユリッ!?」
頭を抱えたユリの姿に、狼狽えた友人達が声をかける。
「あの、だいじょう、」
頭を押さえたユリの指の間から赤いモノが見え、戸惑う佳穂の二の腕を後ろから近付いた誰かが掴んだ。
「カホ」
低音の耳に馴染む声が聞こえ、体の強張りが楽になっていく。
いつの間にか佳穂の側に立っていたベルンハルトに気が付き、友人は口を開けて大きく目を見開いた。
「遅いから迎えに来た」
「ベルン、ハルトさん? どうして此処に?」
緊迫した状況だったとはいえ、ベルンハルトが近付いて来る気配も足音も分からなかった。
「守護魔法が発動して、カホに何かあっただと分かった。無事、だな」
佳穂の腕から手を離して腰を抱いたベルンハルトは、整った彼の顔を見慣れている佳穂でも見惚れしまうような笑みを浮かべた。
極上の微笑みを間近で見てしまい、頬を赤らめた友人の口からも感嘆の声が漏れる。
「待ちなさい、ひっ!」
スマートフォンが当たり、切れた頭部の傷から流れる血をハンカチで抑えながら、ユリは怒りと痛みで赤くなった顔を上げた。
佳穂を抱くベルンハルトを見た瞬間、赤だった顔色から色が抜け落ちて行き、蒼白へと変化していく。
「黙れ」
たった一言、ベルンハルトが命じただけで、ユリと彼女の友人達は口を噤み震え出す。
立っていられず床に座り込み、全身を激しく震わすユリの異様な姿に周囲の学生達も困惑し、彼女達から距離をとる。
「行くぞ」
ベルンハルトの意思に従うように、佳穂の足は彼と一緒に出入り口へ向かって動き出した。
「あ、また連絡するね」
自由になる首を動かした佳穂は、唖然としている友人へ声をかけた。
「君たち! 何をしているんだ!?」
出入り口へ向かう途中、騒ぎを聞きつけてようやく駆け付けた職員と警備員数人と擦れ違う。
遠目から見えたのは、職員に話しかけられても呆然自失状態で答えられず、床に座り込むユリ達の姿だった。
大学の校舎から出てしばらく歩いた後、急に周囲から人の気配が消える。
「あの女達、裏で何人もの女を泣かし男を騙し利用していたようだ。特にカホに手を出そうとした女は、多くの者からの恨み妬みの思念が絡み付いている。あの女達が他者へ悪意を抱く度、悪意が自分へ跳ね返ってくるようにした」
あれほどうるさかった蝉の鳴き声も聞こえず、不自然なくらいの無音の世界でベルンハルトの声だけが佳穂の耳に届く。
「この先、カホに悪意を向ける余裕も無くなるだろう」
愉しそうに目を細め口角を上げるベルンハルトは、初めて会った頃の“恐ろしい皇帝”の顔をしていた。
(ベルンハルトさんが何かしたのね。彼が怖い人だって忘れていた。でも……助けに来てくれたのは、嬉しい)
腕に回されたベルンハルトの手に佳穂は自分の手を重ねた。
少し前までは近寄るだけで緊張していたのに、彼の体温を感じられるのが嬉しいと、彼の傍らが安心できる場所だと思うようになったのは、心臓が繋がっているからではない。
大学の敷地から出ると腰から手を離したベルンハルトは、佳穂の肩からトートバックを奪い取り自分の肩に掛ける。
「ベルンハルトさん、迎えに来てくれてありがとう」
「ああ」
残された時間はあと少し。
二人並んで歩く幸せを感じながら、佳穂とベルンハルトは手を繋いで駅までの道を談笑しながら歩いた。