竜帝陛下と私の攻防戦
“心臓と魂が繋がってしまった”
言われた言葉の意味はよく分からないが、自分の身に非常事態が起こっていることは分かった。
過剰にアルコールを摂取して悪酔いした外国人が、帰宅する家を間違えて不法侵入して意味不明なことを言っているのか、それとも叔父が収集した怪しげな本が魔法みたいな力を放ったのか。
二つのうち、前者の可能性の方が高いだろう。
魔法などと非現実な力があるわけないと、佳穂は唇をきつく結んで目前の男を見上げた。
「えっと、ちょっと、言っている意味が、よく分からないのですが……」
肩の関節を外された恐怖からしどろもどろに言う佳穂を一睨みして、男は床に落ちたままの本を拾う。
長い指が本のページをパラパラと捲り、眉間に皺が寄っていく。
バンッ!
派手な音をたてて男は本を閉じた。
「この本を、お前は開けたのだろう? そして、現れた文字を声に出して読んだ」
コクコク佳穂が頷くと、思いっきり顔を顰めた男は片手で持った本を後退る彼女の胸へ押し付けた。
「現れた文には“我を開けた者こそが我が主、我の片割れを持つ者こそ汝と運命を共にする者”とあった。この本は二冊で対になっており、呪文は強固な呪いとなり世界を越えて俺とお前の心臓は繋がってしまったようだ」
素面に見える彼は、相当酔っ払っているのかも知れない。
でなければ、不遜な態度をする冷たい美形の男が、冗談でもこんな荒唐無稽な話をするようには見えない。
「ええっと、いっぱいお酒を飲んでいますか?」
恐る恐る問う佳穂を睨んだ男は、チッ、と舌打ちして腰に挿した剣を引き抜いた。
「こういうことだ」
オレンジ色の白熱灯の光の下、白銀の刀身を妖しく光らせる剣は、模造刀ではなくて本物だと分かる逸品。
抜き身の刃を目にした佳穂は「ひっ」と悲鳴を上げる。
男はジャケットの釦を外し左袖腕だけ抜き、シャツの袖を捲り上げると自分の腕を剣で一撫でした。
「ちょっ、何を、いたいぃっ!?」
制止しようと慌てて男へと伸ばした腕に、氷が滑ったように冷たい感触が走った。次いで襲ってきた激痛に、佳穂は堪らずしゃがみこむ。
熱を持って痛む腕には、十五センチほどの切り傷ができており、パックリと深く開いた傷口からはピンク色をした肉が覗き熱を持ち、たらりと赤い血が床へ流れ落ちた。
「女、お前が傷付けば俺も傷付き、お前が死ねば俺も死ぬ。逆もしかり、ということだ」
「死ぬ、うそっ、そんなこと……うぅ」
痛みで涙を流し、溢れ出る出血を止めようとして傷口を押さえる佳穂を見下ろし、感情のこもらない声で男は告げる。
息を荒らげることもなく冷静に、佳穂の腕の傷と自分の腕の傷を見比べる男の腕を伝い落ちた大量の血液がボタボタと床へ落ち、血溜まりを作っていった。
***
シュンシュンッ、ピーッ
ガスコンロにかけていたヤカンが軽快な音を発し、中の水が沸騰したことを知らせる。
緑茶は外国人の彼の口に合うか分からなかったため、佳穂はドリップ式の簡易コーヒーメーカーへお湯を注ぐ。
台所に広がる珈琲の香りを嗅ぎ、二度の激痛を経験したせいで興奮していた頭が冴えていく。
古ぼけた本を開いたら綺麗な男性が現れるだなんて、綺麗な男性だと思ったら不審者で肩の関節を外されるわ、剣で腕を切られるわ散々だった。
おまけに、刃物を持った不審者と心臓が繋がるだなんて有り得ない。
あまりにも非現実的な展開なのに、彼が自身の腕を斬った次の瞬間に佳穂の腕にも同様の傷が出来ていた。
信じたくないが、あの痛みは錯覚などではなく本物の痛みと傷だ。
(非現実な出来事を身をもって体験してしまったのよ。こうなったら、彼を信用するしかないのかな)
いきなり女の子を押さえつけて肩の関節を外すなど、恐ろしくて信用など出来ない。
けれども、心臓が繋がってまったという非常事態の状況を分かっているのも、対策を考えられるのも彼だけ。
恐ろしくても怪しくても、彼を信用するしか佳穂には選択肢は無いのだ。
言われた言葉の意味はよく分からないが、自分の身に非常事態が起こっていることは分かった。
過剰にアルコールを摂取して悪酔いした外国人が、帰宅する家を間違えて不法侵入して意味不明なことを言っているのか、それとも叔父が収集した怪しげな本が魔法みたいな力を放ったのか。
二つのうち、前者の可能性の方が高いだろう。
魔法などと非現実な力があるわけないと、佳穂は唇をきつく結んで目前の男を見上げた。
「えっと、ちょっと、言っている意味が、よく分からないのですが……」
肩の関節を外された恐怖からしどろもどろに言う佳穂を一睨みして、男は床に落ちたままの本を拾う。
長い指が本のページをパラパラと捲り、眉間に皺が寄っていく。
バンッ!
派手な音をたてて男は本を閉じた。
「この本を、お前は開けたのだろう? そして、現れた文字を声に出して読んだ」
コクコク佳穂が頷くと、思いっきり顔を顰めた男は片手で持った本を後退る彼女の胸へ押し付けた。
「現れた文には“我を開けた者こそが我が主、我の片割れを持つ者こそ汝と運命を共にする者”とあった。この本は二冊で対になっており、呪文は強固な呪いとなり世界を越えて俺とお前の心臓は繋がってしまったようだ」
素面に見える彼は、相当酔っ払っているのかも知れない。
でなければ、不遜な態度をする冷たい美形の男が、冗談でもこんな荒唐無稽な話をするようには見えない。
「ええっと、いっぱいお酒を飲んでいますか?」
恐る恐る問う佳穂を睨んだ男は、チッ、と舌打ちして腰に挿した剣を引き抜いた。
「こういうことだ」
オレンジ色の白熱灯の光の下、白銀の刀身を妖しく光らせる剣は、模造刀ではなくて本物だと分かる逸品。
抜き身の刃を目にした佳穂は「ひっ」と悲鳴を上げる。
男はジャケットの釦を外し左袖腕だけ抜き、シャツの袖を捲り上げると自分の腕を剣で一撫でした。
「ちょっ、何を、いたいぃっ!?」
制止しようと慌てて男へと伸ばした腕に、氷が滑ったように冷たい感触が走った。次いで襲ってきた激痛に、佳穂は堪らずしゃがみこむ。
熱を持って痛む腕には、十五センチほどの切り傷ができており、パックリと深く開いた傷口からはピンク色をした肉が覗き熱を持ち、たらりと赤い血が床へ流れ落ちた。
「女、お前が傷付けば俺も傷付き、お前が死ねば俺も死ぬ。逆もしかり、ということだ」
「死ぬ、うそっ、そんなこと……うぅ」
痛みで涙を流し、溢れ出る出血を止めようとして傷口を押さえる佳穂を見下ろし、感情のこもらない声で男は告げる。
息を荒らげることもなく冷静に、佳穂の腕の傷と自分の腕の傷を見比べる男の腕を伝い落ちた大量の血液がボタボタと床へ落ち、血溜まりを作っていった。
***
シュンシュンッ、ピーッ
ガスコンロにかけていたヤカンが軽快な音を発し、中の水が沸騰したことを知らせる。
緑茶は外国人の彼の口に合うか分からなかったため、佳穂はドリップ式の簡易コーヒーメーカーへお湯を注ぐ。
台所に広がる珈琲の香りを嗅ぎ、二度の激痛を経験したせいで興奮していた頭が冴えていく。
古ぼけた本を開いたら綺麗な男性が現れるだなんて、綺麗な男性だと思ったら不審者で肩の関節を外されるわ、剣で腕を切られるわ散々だった。
おまけに、刃物を持った不審者と心臓が繋がるだなんて有り得ない。
あまりにも非現実的な展開なのに、彼が自身の腕を斬った次の瞬間に佳穂の腕にも同様の傷が出来ていた。
信じたくないが、あの痛みは錯覚などではなく本物の痛みと傷だ。
(非現実な出来事を身をもって体験してしまったのよ。こうなったら、彼を信用するしかないのかな)
いきなり女の子を押さえつけて肩の関節を外すなど、恐ろしくて信用など出来ない。
けれども、心臓が繋がってまったという非常事態の状況を分かっているのも、対策を考えられるのも彼だけ。
恐ろしくても怪しくても、彼を信用するしか佳穂には選択肢は無いのだ。