竜帝陛下と私の攻防戦
ディアスの本を片手に持ち、ほくそ笑んだベルンハルトをエルネストは珍獣を見る目で見詰めていた。
「お前と繋がった娘に説明をして、娘にも選択肢を与えてやれよ。娘の心を手に入れたいのならば、意思を尊重し恐怖で縛る真似はよせ」
「選択肢だと?」
思ってもみなかった言葉に、ベルンハルトは片眉を上げる。
「元の世界で平和に過ごせていたはずの未来を、人としての寿命さえもお前に奪われるのだ。もしも娘が絶望し、お前を憎んだとしたらどうする? たとえお前が番にと望んでも、娘が拒絶すれば番には成れない。いくら人に血が混じろうと、竜王の血には逆らえない」
帝国へ竜王の血をもたらした始まりの王女から数百年が経ち、血は薄まっていても直系の皇族は竜の性には逆らえない。
自分と同等の魔力を持つ者としか子を成せず、本能が子を成せる者を番として望むのだ。
ただし、ベルンハルトほど強い竜王の血を持つ者は、伴侶と番うためには二つの制約がある。
一つは相手の魔力量。もう一つは、二人の心が通じ合うこと。
どれほどベルンハルトが佳穂を欲しても、彼女が拒絶すれば番には成り得ない。
「くくく、俺を憎ませるなど、拒絶などさせない。カホは俺の魂の番だ。今なら何故、俺がカホと繋がったのか、異世界へ転移したのかが分かる」
瞳に暗い光を宿したベルンハルトは自嘲的な笑みを浮かべた。
(俺の様に先祖返りの皇子が生まれるのは、竜王の血を薄まっていった時だ。先祖返りの子どもが生まれるのは、一定の間隔だと記録で知りおかしいとは思っていた。全ては竜王の血を次代へ繋ぐために仕組まれていたことだった。この仕組みを皇族の血に組み込んだのは、始まりの王女ではない。竜王の血が薄まっていくのに危機感を覚えた皇帝だろう。そして、協力したのは……)
笑みを消したベルンハルトはディアスの書の表面を撫で、感情の読めない表情でいるエルネストを睨んだ。
「ならば、逃げられないよう大事にするんだな。そうだ、娘には私から説明してやろう。異世界人と異世界の文化には興味がある」
「エルネスト……助言は感謝するが、娘には手を出すなよ」
部屋の空気が張り詰めていき、壁際に立ち二人のやり取りを見守っていた執事服を着たコボルトの全身は冷や汗で体毛が湿っていく。
ガチャンッ!
タイミング悪く入室してしまい、猫獣人のメイドは恐怖のあまりティーポットを取り落とした音に気が逸れ、ベルンハルトとエルネストの間で散っていた魔力による火花が消えた。
***
皇帝の居住としている皇宮の奥まった場所へ造られた庭園は、皇宮の主ベルンハルトの命により急遽整えられ、真新しいガーデンテーブルとガーデンチェアが運び込まれ設置された。
ベルンハルトが皇帝に即位してから庭園で休息するなど初めてのことで、しかも寵愛している娘と過ごすと知らせを受けた侍従や侍女達は色めき立った。
しかし、彼等は直ぐに落胆することになる。
護衛と補助を申し出た者達を不要だと冷たく言いきった皇帝は、人払いをした上に庭園に空間遮断結界まで張ったのだ。
余程、神子との一時を邪魔されたくないらしい。
残念がる若い侍女達とは違い、皇帝の専属侍従長はベルンハルトが幼い頃から仕えている者であり、結界を張ってまで姫と過ごしたいという彼の行動は、息子が初めて出来た彼女を自宅に招いて浮かれているような微笑ましいものだと思っていた。
皇宮に仕える者達の思いを知らない佳穂は、ベルンハルトからのリクエスト通り調理場を借りてガトーショコラを作った。
ガーデンテーブルの上へ、生クリームを添えたガトーショコラが乗った皿を置き、ティーカップへ紅茶を注ぐ。
「ガトーショコラには、お好みでクリームを付けて食べてください」
ベルンハルトと真向かいに置かれた椅子へ座ろうと、足を動かした佳穂の手を大きな手のひらが掴む。
「カホ」
開いた唇から出た「何?」という声は、突然引き寄せて唇を甘噛みまでしてきた、不埒な皇帝の口の中へと吸い込まれていった。
半開きになっていた唇の隙間から、するりと口腔内へ侵入した舌が固まる佳穂の舌をつついて捕らえる。
逃げないよう舌先を絡ませ、軽く吸い上げられる甘い刺激に身体を揺らすと、満足そうに口角を上げたベルンハルトは唇を解放した。
「な、何を!?」
何度経験してもベルンハルトとのキスには慣れないし、今のような不意討ちのキスには頭が付いていけずに、佳穂は真っ赤になり抗議する。
「味見をしたのか? お前の吐息が甘い匂いがしていて旨そうだったからつい、な」
愉しげに笑い、ベルンハルトが赤い舌先を出して舌舐めずりをするのが厭らしく見えて、佳穂は視線を逸らす。
時おり見え隠れする、彼の肉食獣じみた瞳から逃げ出したくなる。
逃げ出したくとも、この帝国内に居る以上それは不可能だと理解しているが。
向かいの椅子へ座った佳穂は、火照る頬を片手で仰ぎつつ正面に座るベルンハルトを見た。
陽光に反射して煌めく銀髪、深い湖を彷彿させる蒼い瞳、高い鼻梁と意思の強そうな唇。
最高級の美術品のような完璧な美貌の持ち主、トルメニア帝国皇帝ベルンハルト。
(何故、私が繋がってしまったんだろう? 特に目立つ容姿も力も無い私は皇帝とは釣り合わないのに……)
燐光を放つ銀髪と感情によって蒼にも藍にも変わる瞳、強大な魔力は竜王の血を受け継ぐ者の証。
竜の血は年々薄れているとはいえ、稀にベルンハルトのように先祖返りで竜王の治める王国から嫁いだ王女様と同じ色を持つ子が皇族に生まれ、皇帝に成る。
彼の兄王子は金髪にアイスブルーの瞳をしていたと、侍女に教えてもらった。
「お前と繋がった娘に説明をして、娘にも選択肢を与えてやれよ。娘の心を手に入れたいのならば、意思を尊重し恐怖で縛る真似はよせ」
「選択肢だと?」
思ってもみなかった言葉に、ベルンハルトは片眉を上げる。
「元の世界で平和に過ごせていたはずの未来を、人としての寿命さえもお前に奪われるのだ。もしも娘が絶望し、お前を憎んだとしたらどうする? たとえお前が番にと望んでも、娘が拒絶すれば番には成れない。いくら人に血が混じろうと、竜王の血には逆らえない」
帝国へ竜王の血をもたらした始まりの王女から数百年が経ち、血は薄まっていても直系の皇族は竜の性には逆らえない。
自分と同等の魔力を持つ者としか子を成せず、本能が子を成せる者を番として望むのだ。
ただし、ベルンハルトほど強い竜王の血を持つ者は、伴侶と番うためには二つの制約がある。
一つは相手の魔力量。もう一つは、二人の心が通じ合うこと。
どれほどベルンハルトが佳穂を欲しても、彼女が拒絶すれば番には成り得ない。
「くくく、俺を憎ませるなど、拒絶などさせない。カホは俺の魂の番だ。今なら何故、俺がカホと繋がったのか、異世界へ転移したのかが分かる」
瞳に暗い光を宿したベルンハルトは自嘲的な笑みを浮かべた。
(俺の様に先祖返りの皇子が生まれるのは、竜王の血を薄まっていった時だ。先祖返りの子どもが生まれるのは、一定の間隔だと記録で知りおかしいとは思っていた。全ては竜王の血を次代へ繋ぐために仕組まれていたことだった。この仕組みを皇族の血に組み込んだのは、始まりの王女ではない。竜王の血が薄まっていくのに危機感を覚えた皇帝だろう。そして、協力したのは……)
笑みを消したベルンハルトはディアスの書の表面を撫で、感情の読めない表情でいるエルネストを睨んだ。
「ならば、逃げられないよう大事にするんだな。そうだ、娘には私から説明してやろう。異世界人と異世界の文化には興味がある」
「エルネスト……助言は感謝するが、娘には手を出すなよ」
部屋の空気が張り詰めていき、壁際に立ち二人のやり取りを見守っていた執事服を着たコボルトの全身は冷や汗で体毛が湿っていく。
ガチャンッ!
タイミング悪く入室してしまい、猫獣人のメイドは恐怖のあまりティーポットを取り落とした音に気が逸れ、ベルンハルトとエルネストの間で散っていた魔力による火花が消えた。
***
皇帝の居住としている皇宮の奥まった場所へ造られた庭園は、皇宮の主ベルンハルトの命により急遽整えられ、真新しいガーデンテーブルとガーデンチェアが運び込まれ設置された。
ベルンハルトが皇帝に即位してから庭園で休息するなど初めてのことで、しかも寵愛している娘と過ごすと知らせを受けた侍従や侍女達は色めき立った。
しかし、彼等は直ぐに落胆することになる。
護衛と補助を申し出た者達を不要だと冷たく言いきった皇帝は、人払いをした上に庭園に空間遮断結界まで張ったのだ。
余程、神子との一時を邪魔されたくないらしい。
残念がる若い侍女達とは違い、皇帝の専属侍従長はベルンハルトが幼い頃から仕えている者であり、結界を張ってまで姫と過ごしたいという彼の行動は、息子が初めて出来た彼女を自宅に招いて浮かれているような微笑ましいものだと思っていた。
皇宮に仕える者達の思いを知らない佳穂は、ベルンハルトからのリクエスト通り調理場を借りてガトーショコラを作った。
ガーデンテーブルの上へ、生クリームを添えたガトーショコラが乗った皿を置き、ティーカップへ紅茶を注ぐ。
「ガトーショコラには、お好みでクリームを付けて食べてください」
ベルンハルトと真向かいに置かれた椅子へ座ろうと、足を動かした佳穂の手を大きな手のひらが掴む。
「カホ」
開いた唇から出た「何?」という声は、突然引き寄せて唇を甘噛みまでしてきた、不埒な皇帝の口の中へと吸い込まれていった。
半開きになっていた唇の隙間から、するりと口腔内へ侵入した舌が固まる佳穂の舌をつついて捕らえる。
逃げないよう舌先を絡ませ、軽く吸い上げられる甘い刺激に身体を揺らすと、満足そうに口角を上げたベルンハルトは唇を解放した。
「な、何を!?」
何度経験してもベルンハルトとのキスには慣れないし、今のような不意討ちのキスには頭が付いていけずに、佳穂は真っ赤になり抗議する。
「味見をしたのか? お前の吐息が甘い匂いがしていて旨そうだったからつい、な」
愉しげに笑い、ベルンハルトが赤い舌先を出して舌舐めずりをするのが厭らしく見えて、佳穂は視線を逸らす。
時おり見え隠れする、彼の肉食獣じみた瞳から逃げ出したくなる。
逃げ出したくとも、この帝国内に居る以上それは不可能だと理解しているが。
向かいの椅子へ座った佳穂は、火照る頬を片手で仰ぎつつ正面に座るベルンハルトを見た。
陽光に反射して煌めく銀髪、深い湖を彷彿させる蒼い瞳、高い鼻梁と意思の強そうな唇。
最高級の美術品のような完璧な美貌の持ち主、トルメニア帝国皇帝ベルンハルト。
(何故、私が繋がってしまったんだろう? 特に目立つ容姿も力も無い私は皇帝とは釣り合わないのに……)
燐光を放つ銀髪と感情によって蒼にも藍にも変わる瞳、強大な魔力は竜王の血を受け継ぐ者の証。
竜の血は年々薄れているとはいえ、稀にベルンハルトのように先祖返りで竜王の治める王国から嫁いだ王女様と同じ色を持つ子が皇族に生まれ、皇帝に成る。
彼の兄王子は金髪にアイスブルーの瞳をしていたと、侍女に教えてもらった。