竜帝陛下と私の攻防戦
「どうした?」
「いえ、何でもありません」

 笑って誤魔化して両手を合わせた佳穂は、正面に座るベルンハルトへ向かって「いただきます」と軽く頭を下げた。
 同じようにベルンハルトも「いただきます」と両手を合わせる。

 ふと、先日のことを思い出してしまい、佳穂は緩む口元に力を込めてにやけるのを堪えた。

 和食を初めて作った日、食堂に居た使用人や護衛のほぼ全員が、佳穂と一緒に両手を合わして「いただきます」と言った皇帝の姿を目にしてビシリッと固まっていた。
 彼等は妖怪でも見たかのように目を大きく見開き、次いで一斉に視線を逸らす。
 見てはいけないモノを見てしまった、というように。
 さすがのアマリエもポカンと口を開け、驚きを隠せない様子だった。

「ベルンハルト様は本当に姫様がお好きなのですね」

 使わせてもらっている客間へ戻ってから、うっすら涙を浮かべて嬉しそうにアマリエがそんなことを言うものだから、意識してしまうじゃないか。

 出会った頃は、心臓が繋がったという事実に混乱していて面倒なことになったとしか思えなかったし、ベルンハルトに対してときめきなど一ミリも抱けず恐怖の感情が強かった。
 心臓を繋げた本の力によって、互いを特別視するよう干渉されているのだと、物珍しさから興味を持たれているのかと思っていたのに。
 わざわざこの世界へ連れて来て傍に置こうとするのは、彼が自分を好いてくれていると自惚れてもいいのか。

「美味いな」

 元の世界に居たときから、目を僅かに細めやわらかく微笑むベルンハルトの表情が好きだと思っていた。

「良かった。ベルンハルトさんは甘くない方がいいかと思って、甘さは控えめにしたの」

 心臓が繋がっているため近くに居ると、ベルンハルトからは強い喜怒哀楽の感情が流れ込んでくる。
 彼から流れ込んでくる感情があたたかいものなのが嬉しくて、佳穂は満面の笑みを浮かべた。





 ***



 エルネストの屋敷から帰って来たベルンハルトを待っていたのは、リクエスト通りガトーショコラを作っていた佳穂と期待に満ちた眼を向けて来る側近達だった。

「美味いな」

 素直に味の感想を言えば、眼前の娘は嬉しそうに笑う。

 以前のベルンハルトは、食に対して大して関心を持っていなかった。
 腹が膨れれば何でもいい。
 不味いよりは美味い方がよい、それだけだ。
 心臓が繋がった異世界の娘はそうでは無いらしく、食事の際娘から流れ込んでくるあたたかな感情に戸惑い、抗おうとしたこともあったが直ぐに止めた。
 あたたかく心地好い感情が流れ込んでくる時、娘は「美味しい物を食べて幸せ」と笑顔で言っていた。

 理解し難いがこのあたたかいものは、幸福な気分というものなのだと娘と関わっていくうちに気付いた。
 娘と、佳穂と心臓が繋がってから様々な感情が彼女から流れ込み、下らないと思っていた人らしい感覚を知り新鮮な気分になる。


「ベルンハルトさん、次は何を食べたいですか?」

 問われて、口元に指をあてて考える振りをして佳穂を見る。
 一番食べたいモノは、嬉しそうに笑っている佳穂の全てを味わいたい。

 彼方の世界から連れ帰り、佳穂の香り、ぬくもりを直に感じてから自分の中にある本能が早く彼女を食いたいと、暴走しそうになるのだ。
 今は抑えられていても、直に抑えが効かなくなるのは理解していた。

 竜の本能が佳穂を番として認識しているのだ。番を前にして、衝動を抑えるなど拷問に近い。

(俺だけのものにしたい。俺以外の者が入れないよう、結界の中に閉じ込めてしまいたい)

 だが、異世界人の娘は番という存在は知らない。

 初めて抱いた番に対する愛情と、執着という感情に流されないように自制する。
 灼熱のマグマのように吹き出る激情のままに抱いたら、止まれない。佳穂に恐怖を植え付けてしまう。

 佳穂が自ら望んで体を開かなければ、彼女を抱けたとしても後々意味を成さないのだ。
 何度も自分に「自制を」と言い聞かせて、ベルンハルトは佳穂へ食べたいものを伝えるのだった。
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