竜帝陛下と私の攻防戦
“今世、この本の持ち主に選ばれし者達は運命で結びついた、魂の片割れ達。解呪することを許さず、男の命尽きるまで結びつきは解けない”
テーブルの上に魔術書に見える二冊の本を並べ、表紙を開けば白紙のページに文字が浮かび上がる。
二冊の本について、ベルンハルトが以前エルネストより受けた説明を伝えると、視線を落としていた佳穂の睫毛は動揺で揺れる。
「ディアスの書の解呪には年単位の時間がかかるらしい。俺が知る中で、一番の知識と魔力を持つ賢者でもすぐには無理だ」
「そうですか……」
下を向いていた佳穂は、数十秒ほど考えた後、意を決したように顔を上げた。
「何年かかってもいいから解呪をお願いできますか? だって私と繋がったままだと、ベルンハルトさんは危険じゃないですか。もし、私と心臓が繋がっているのを皇帝陛下に敵意を持つ人達が知ったら、私を殺してベルンハルトさんに危害を加えようとするかもしれないでしょ」
今にも泣き出しそうな顔で言う佳穂は、自分がベルンハルトの弱みになるのではないかと不安になる。
「案ずるな、何者にもカホに危害は与えさせない」
佳穂の首からかけられている、以前彼女へ渡したネックレスの蒼色の玉を指差した。
「それは、俺の魔力の塊。身に付けていれば最高位の守護魔法が常に発動している状態になる。その他、精霊による守りも付けた。お前は、何も案ずることなく次の満月まで俺の傍に居ればよい」
「守り? とりあえず、次の満月の日に元の世界へ戻れるんですよね。それまでの間お世話になります」
頭を下げる佳穂を見詰め、ベルンハルトは口角を上げた。
(次の満月までの時間があれば、十分事足りるだろう。気付かれないよう、真綿でくるみカホを囲い込んでいけばいい。退路は全て塞いで、砂糖菓子のように甘く囁き続け、この俺の腕の中が一番心地好い場所だと刷り込む)
あくまでも洗脳ではなく、佳穂の身体と心にベルンハルトという存在を刻み込む。
心臓は繋がっているのならば、偽りではないと想いは伝わるはずだ。
佳穂を自ら身体を開くように仕向け、彼女の全てを味わってから番の契約を結ぶ。
互いの魂を求めるほど愛し合い、自ら望んだ時にやっと番の契約は結べる。
(ディアスの書により体が繋がり、番の契約により魂が繋がる。俺とカホの繋がりは永遠に消えない)
愚鈍で素直な可愛い娘。
竜帝と畏怖されたベルンハルトの生に、彩りを与えてくれるだろう番と成りうる娘を決して逃がしはしない。
(カホが俺から離れられなくしてやればいい)
ベルンハルトはディアスの書の表紙を撫でる。
竜の本能で歪んだベルンハルトの執着心を異世界人の佳穂は知らない。
以前は面倒な繋がりだと思っていたが、彼女の全てを手に入れるために心臓が繋がっているのは都合が良かった。
「次の満月までか。では、それまでにお前の全てを、身も心も俺が奪うと誓おう」
口角を上げたベルンハルトから、ニヤリという効果音が聞こえた気がして、佳穂は思わず上半身を仰け反らせた。
「う、奪う? その、私とベルンハルトさんは本で繋がってしまっただけで、私にそこまでの価値は無いと思います」
「繋がったのは偶然ではない。カホだからこそ、俺と繋がることが出来た。魂の片割れだと、俺の命尽きるまで繋がりは解けないと、ディアスの書に書いてあるだろう」
獲物を前にして舌なめずりする猛獣に捕食されるような恐怖から、身を縮めて隙間を空けようとする佳穂の手をベルンハルトの大きな手が包み込み握る。
「で、でも」
「信じられぬのならば、今すぐお前が特別だということを証明しようか?」
「きゃああ!」
太股を撫でながら、内側へ向けて動き出したベルンハルトの手の厭らしい動きに堪えきれず、佳穂は悲鳴を上げた。
「証明しなくていいです! 私は元の世界に戻るし、私なんかが皇帝陛下のお妃様は務まりません。ベルンハルトさんには、もっと綺麗で相応しい人がいるはずです。身分もあって」
「誰だ?」
自分が相応しくないという佳穂の主張は、ベルンハルトの低い声が遮り最後まで言えなかった。
「お前に喧嘩を売った、愚かな女がいたのだな?」
「それは……」
昨日、考え事をしたいからと人払いをしてもらい、庭園で一人になったタイミングを見計らってやって来た綺麗な女性。
女性は佳穂を睨み付けて「不細工なお前は陛下には相応しくない」と言い放ったのだ。
好き勝手に言い放ち、唖然となる佳穂へ掴みかかろうとした女性は、庭園に近付いて来る足音に気付くと慌てて立ち去って行った。
初対面の相手から、いきなり不細工だと怒鳴られたのはショックだったとはいえ、女性と彼女を招き入れた侍女が罰せられるのではないかと、佳穂の背中を冷たい汗が流れ落ちる。
「その……とにかく、私はお妃様にはなれません」
握った佳穂の手を離そうとせずに、ベルンハルトは視線だけを動かす。
植え込み周囲の空気が揺れて、直ぐにおさまった。
ベルンハルトから発せられる圧力に圧され佳穂の声が震える。
「俺を拒否しようするとは、面白い。カホからの宣戦布告、と取っていいのか?」
「え?」
愉しそうなベルンハルトから言われた言葉の意味が分からず、きょとんとなった佳穂は何度も目を瞬かせる。
「次の満月まで俺を拒み続け、見事拒みきれたらお前の勝ちだ。元の世界へ帰してやろう。まぁ、拒むことが出来ればの話、だが。直ぐに降参させてやる」
「ええ!?」
思わずベンチから腰を浮かしかけて、伸びて来たベルンハルトの腕が佳穂を再び捕らえる。自分の膝の上に座らせた佳穂を背中から抱き締め、全身を赤く染める彼女の首筋に顔を埋めた。
「カホ、愛している」
耳元で甘く囁かれた愛の言葉は、佳穂の体の奥底まで染みわたっていく。
「ベルンハルトさんは狡い」
「くっくくく、今更だろう」
声を上げて笑うベルンハルトの吐息が首筋にかかり、くすぐったさに佳穂は顔を背ける。
たった今から始まる、佳穂と竜帝ベルンハルトとの攻防戦。
今の状況でさえ、白旗を揚げて彼の腕の中から逃げ出したいのに、本気になった竜帝陛下に勝利する確率は限りなく低いことを認めたくなくて……佳穂はぎゅっと目を閉じた。
【おしまい?】
テーブルの上に魔術書に見える二冊の本を並べ、表紙を開けば白紙のページに文字が浮かび上がる。
二冊の本について、ベルンハルトが以前エルネストより受けた説明を伝えると、視線を落としていた佳穂の睫毛は動揺で揺れる。
「ディアスの書の解呪には年単位の時間がかかるらしい。俺が知る中で、一番の知識と魔力を持つ賢者でもすぐには無理だ」
「そうですか……」
下を向いていた佳穂は、数十秒ほど考えた後、意を決したように顔を上げた。
「何年かかってもいいから解呪をお願いできますか? だって私と繋がったままだと、ベルンハルトさんは危険じゃないですか。もし、私と心臓が繋がっているのを皇帝陛下に敵意を持つ人達が知ったら、私を殺してベルンハルトさんに危害を加えようとするかもしれないでしょ」
今にも泣き出しそうな顔で言う佳穂は、自分がベルンハルトの弱みになるのではないかと不安になる。
「案ずるな、何者にもカホに危害は与えさせない」
佳穂の首からかけられている、以前彼女へ渡したネックレスの蒼色の玉を指差した。
「それは、俺の魔力の塊。身に付けていれば最高位の守護魔法が常に発動している状態になる。その他、精霊による守りも付けた。お前は、何も案ずることなく次の満月まで俺の傍に居ればよい」
「守り? とりあえず、次の満月の日に元の世界へ戻れるんですよね。それまでの間お世話になります」
頭を下げる佳穂を見詰め、ベルンハルトは口角を上げた。
(次の満月までの時間があれば、十分事足りるだろう。気付かれないよう、真綿でくるみカホを囲い込んでいけばいい。退路は全て塞いで、砂糖菓子のように甘く囁き続け、この俺の腕の中が一番心地好い場所だと刷り込む)
あくまでも洗脳ではなく、佳穂の身体と心にベルンハルトという存在を刻み込む。
心臓は繋がっているのならば、偽りではないと想いは伝わるはずだ。
佳穂を自ら身体を開くように仕向け、彼女の全てを味わってから番の契約を結ぶ。
互いの魂を求めるほど愛し合い、自ら望んだ時にやっと番の契約は結べる。
(ディアスの書により体が繋がり、番の契約により魂が繋がる。俺とカホの繋がりは永遠に消えない)
愚鈍で素直な可愛い娘。
竜帝と畏怖されたベルンハルトの生に、彩りを与えてくれるだろう番と成りうる娘を決して逃がしはしない。
(カホが俺から離れられなくしてやればいい)
ベルンハルトはディアスの書の表紙を撫でる。
竜の本能で歪んだベルンハルトの執着心を異世界人の佳穂は知らない。
以前は面倒な繋がりだと思っていたが、彼女の全てを手に入れるために心臓が繋がっているのは都合が良かった。
「次の満月までか。では、それまでにお前の全てを、身も心も俺が奪うと誓おう」
口角を上げたベルンハルトから、ニヤリという効果音が聞こえた気がして、佳穂は思わず上半身を仰け反らせた。
「う、奪う? その、私とベルンハルトさんは本で繋がってしまっただけで、私にそこまでの価値は無いと思います」
「繋がったのは偶然ではない。カホだからこそ、俺と繋がることが出来た。魂の片割れだと、俺の命尽きるまで繋がりは解けないと、ディアスの書に書いてあるだろう」
獲物を前にして舌なめずりする猛獣に捕食されるような恐怖から、身を縮めて隙間を空けようとする佳穂の手をベルンハルトの大きな手が包み込み握る。
「で、でも」
「信じられぬのならば、今すぐお前が特別だということを証明しようか?」
「きゃああ!」
太股を撫でながら、内側へ向けて動き出したベルンハルトの手の厭らしい動きに堪えきれず、佳穂は悲鳴を上げた。
「証明しなくていいです! 私は元の世界に戻るし、私なんかが皇帝陛下のお妃様は務まりません。ベルンハルトさんには、もっと綺麗で相応しい人がいるはずです。身分もあって」
「誰だ?」
自分が相応しくないという佳穂の主張は、ベルンハルトの低い声が遮り最後まで言えなかった。
「お前に喧嘩を売った、愚かな女がいたのだな?」
「それは……」
昨日、考え事をしたいからと人払いをしてもらい、庭園で一人になったタイミングを見計らってやって来た綺麗な女性。
女性は佳穂を睨み付けて「不細工なお前は陛下には相応しくない」と言い放ったのだ。
好き勝手に言い放ち、唖然となる佳穂へ掴みかかろうとした女性は、庭園に近付いて来る足音に気付くと慌てて立ち去って行った。
初対面の相手から、いきなり不細工だと怒鳴られたのはショックだったとはいえ、女性と彼女を招き入れた侍女が罰せられるのではないかと、佳穂の背中を冷たい汗が流れ落ちる。
「その……とにかく、私はお妃様にはなれません」
握った佳穂の手を離そうとせずに、ベルンハルトは視線だけを動かす。
植え込み周囲の空気が揺れて、直ぐにおさまった。
ベルンハルトから発せられる圧力に圧され佳穂の声が震える。
「俺を拒否しようするとは、面白い。カホからの宣戦布告、と取っていいのか?」
「え?」
愉しそうなベルンハルトから言われた言葉の意味が分からず、きょとんとなった佳穂は何度も目を瞬かせる。
「次の満月まで俺を拒み続け、見事拒みきれたらお前の勝ちだ。元の世界へ帰してやろう。まぁ、拒むことが出来ればの話、だが。直ぐに降参させてやる」
「ええ!?」
思わずベンチから腰を浮かしかけて、伸びて来たベルンハルトの腕が佳穂を再び捕らえる。自分の膝の上に座らせた佳穂を背中から抱き締め、全身を赤く染める彼女の首筋に顔を埋めた。
「カホ、愛している」
耳元で甘く囁かれた愛の言葉は、佳穂の体の奥底まで染みわたっていく。
「ベルンハルトさんは狡い」
「くっくくく、今更だろう」
声を上げて笑うベルンハルトの吐息が首筋にかかり、くすぐったさに佳穂は顔を背ける。
たった今から始まる、佳穂と竜帝ベルンハルトとの攻防戦。
今の状況でさえ、白旗を揚げて彼の腕の中から逃げ出したいのに、本気になった竜帝陛下に勝利する確率は限りなく低いことを認めたくなくて……佳穂はぎゅっと目を閉じた。
【おしまい?】