竜帝陛下と私の攻防戦
竜帝と呼ばれる皇帝
世界で一、二を争う大国トルメニア帝国の皇族へ、竜王の血を受け継ぐイシュバーン王国から王女が嫁いできたのは三百年前のこと。
それ以降の皇帝には、竜の王女の血を継ぐ銀髪蒼眼の特徴を有する皇族の子が選ばれてきた。
現トルメニア皇帝ベルンハルトは、強い魔力を有する子爵家令嬢を母にもつ二番目の皇子として、百年ぶりに髪と瞳両方とも竜王の色を持って生まれた。
彼の生誕時、帝都は一気にお祭り騒ぎとなったという。その背景もあり、物心つく前からベルンハルトは周囲から期待される反面、畏怖の目で見られていた。
カランッ!
銀髪の皇子が振るった模造刀が、対戦する騎士の構えていた模造刀を真上へ弾き飛ばす。
審判の騎士は皇子の勝利を告げ、静まり返る演習場は緊張に包まれた。
まだ幼い皇子に負けた騎士は、両膝を地面に突いたままと動けずに観覧席を見上げる。
「ベルンハルト殿下のお力は誠に素晴らしいですな」
観覧席に座り、我が子の活躍を観ていた皇帝は大臣からの称賛の言葉に満足そうに頷く。
「皇族の祖となるあの方に、魔力も面立ちもよく似ているとなれば、やはり皇太子はベルンハルトになるな」
上機嫌な皇帝の言葉を聞き、一部の側近は顔色を変えた。
すぐに取り繕い賞賛の言葉を口にするも、内心苦虫を噛み潰して眼下のベルンハルトを睨みつけていたのは、彼の成長を快く思っていない者達だった。
ベルンハルトを暗殺しようとする者達の動きが活発になったのは、皇帝から彼が皇太子候補だと告げられてからだった。
護衛を撒いて一人で庭園を歩いている時を狙い、物陰から投げられたナイフをベルンハルトは右手の人差し指と中指で受け止める。
暗殺者の心臓目掛けてナイフを投げ返してやれば、物陰からはくぐもった声と何かが倒れる音がした。
「俺を殺したいのであれば、もっと手練れの暗殺者を送り込むんだな」
齢十あまりの皇太子は暗殺者を葬る度、竜王の色を宿す蒼色の瞳に冷たい光を宿すようになっていく。
皇太子ベルンハルトが十六の年齢に達すると、早々と父親は皇帝の座を息子へ譲り渡し、離宮での悠々自適の生活を始めた。
若き皇帝として即位したベルンハルトが先ず行ったことは、人柄は穏やかだが政事は得意ではなく臣下に任せていた前皇帝の下、ぬるま湯に浸かりきっていた無能な官僚達を切り捨てることだった。
情け容赦無く帝国にとって有益か無益かを判断し切り捨てる厳しさに、前皇帝の庇護下で私腹を肥やしていた貴族達は一様に震え上がったという。
従わない者、反意を見せた者全て粛清していく彼を人々は畏怖を込めて、皇帝ベルンハルトを“竜帝陛下”と呼んだ。
***
間接照明のみが灯された薄暗い室内には、時計の秒針の音と全裸の女が発する荒い息遣いが響く。
「あぁ熱い......溶けてしまいそう。これが陛下の、子種なのですね」
仰向けに寝転び、恍惚の表情で大量の魔力を帯びた子種を受け入れた自分の下腹を撫でる女とは異なり、陛下と呼ばれたベルンハルトの蒼色の瞳には情欲も熱も何も浮かんでいなかった。
「陛下ぁ」
上半身を起こして擦り寄り腕を絡めてくる女の肩を掴み、舌打ちしたベルンハルトは乱暴に引き剥がした。
「汚らわしい、触れるな」
「な、何故ですのっ」
「それなりに強い魔力を持ってはいるが、お前は随分と遊んでいたようだな。他の男、それも複数の男の魔力が胎内にこびりついている。後宮入りする直前まで男と遊んでいたのか? フンッ、魔力分離魔法の応用か。表面上は上手く誤魔化していたようだが、俺には通じぬ」
侮蔑の眼差しでベルンハルトが見下ろせば、女の表情は蕩けきったものから一変し口元を引きつらせ、顔色は血の気が引いた蒼白となる。
「万が一、お前が孕んだとしても俺の子では無い。それに、お前程度の魔力では皇帝の子は孕めん。残念だったな」
冷たく吐き捨てるとベルンハルトはベッドから下り足早に扉へ向かう。
「陛下! 待ってください! ひっ!」
一瞬だけ向けられた殺気に圧され、恐怖のあまりガタガタと震える女には立ち去るベルンハルトに追い縋ることなど出来なかった。
それ以降の皇帝には、竜の王女の血を継ぐ銀髪蒼眼の特徴を有する皇族の子が選ばれてきた。
現トルメニア皇帝ベルンハルトは、強い魔力を有する子爵家令嬢を母にもつ二番目の皇子として、百年ぶりに髪と瞳両方とも竜王の色を持って生まれた。
彼の生誕時、帝都は一気にお祭り騒ぎとなったという。その背景もあり、物心つく前からベルンハルトは周囲から期待される反面、畏怖の目で見られていた。
カランッ!
銀髪の皇子が振るった模造刀が、対戦する騎士の構えていた模造刀を真上へ弾き飛ばす。
審判の騎士は皇子の勝利を告げ、静まり返る演習場は緊張に包まれた。
まだ幼い皇子に負けた騎士は、両膝を地面に突いたままと動けずに観覧席を見上げる。
「ベルンハルト殿下のお力は誠に素晴らしいですな」
観覧席に座り、我が子の活躍を観ていた皇帝は大臣からの称賛の言葉に満足そうに頷く。
「皇族の祖となるあの方に、魔力も面立ちもよく似ているとなれば、やはり皇太子はベルンハルトになるな」
上機嫌な皇帝の言葉を聞き、一部の側近は顔色を変えた。
すぐに取り繕い賞賛の言葉を口にするも、内心苦虫を噛み潰して眼下のベルンハルトを睨みつけていたのは、彼の成長を快く思っていない者達だった。
ベルンハルトを暗殺しようとする者達の動きが活発になったのは、皇帝から彼が皇太子候補だと告げられてからだった。
護衛を撒いて一人で庭園を歩いている時を狙い、物陰から投げられたナイフをベルンハルトは右手の人差し指と中指で受け止める。
暗殺者の心臓目掛けてナイフを投げ返してやれば、物陰からはくぐもった声と何かが倒れる音がした。
「俺を殺したいのであれば、もっと手練れの暗殺者を送り込むんだな」
齢十あまりの皇太子は暗殺者を葬る度、竜王の色を宿す蒼色の瞳に冷たい光を宿すようになっていく。
皇太子ベルンハルトが十六の年齢に達すると、早々と父親は皇帝の座を息子へ譲り渡し、離宮での悠々自適の生活を始めた。
若き皇帝として即位したベルンハルトが先ず行ったことは、人柄は穏やかだが政事は得意ではなく臣下に任せていた前皇帝の下、ぬるま湯に浸かりきっていた無能な官僚達を切り捨てることだった。
情け容赦無く帝国にとって有益か無益かを判断し切り捨てる厳しさに、前皇帝の庇護下で私腹を肥やしていた貴族達は一様に震え上がったという。
従わない者、反意を見せた者全て粛清していく彼を人々は畏怖を込めて、皇帝ベルンハルトを“竜帝陛下”と呼んだ。
***
間接照明のみが灯された薄暗い室内には、時計の秒針の音と全裸の女が発する荒い息遣いが響く。
「あぁ熱い......溶けてしまいそう。これが陛下の、子種なのですね」
仰向けに寝転び、恍惚の表情で大量の魔力を帯びた子種を受け入れた自分の下腹を撫でる女とは異なり、陛下と呼ばれたベルンハルトの蒼色の瞳には情欲も熱も何も浮かんでいなかった。
「陛下ぁ」
上半身を起こして擦り寄り腕を絡めてくる女の肩を掴み、舌打ちしたベルンハルトは乱暴に引き剥がした。
「汚らわしい、触れるな」
「な、何故ですのっ」
「それなりに強い魔力を持ってはいるが、お前は随分と遊んでいたようだな。他の男、それも複数の男の魔力が胎内にこびりついている。後宮入りする直前まで男と遊んでいたのか? フンッ、魔力分離魔法の応用か。表面上は上手く誤魔化していたようだが、俺には通じぬ」
侮蔑の眼差しでベルンハルトが見下ろせば、女の表情は蕩けきったものから一変し口元を引きつらせ、顔色は血の気が引いた蒼白となる。
「万が一、お前が孕んだとしても俺の子では無い。それに、お前程度の魔力では皇帝の子は孕めん。残念だったな」
冷たく吐き捨てるとベルンハルトはベッドから下り足早に扉へ向かう。
「陛下! 待ってください! ひっ!」
一瞬だけ向けられた殺気に圧され、恐怖のあまりガタガタと震える女には立ち去るベルンハルトに追い縋ることなど出来なかった。