仮面夫婦のはずが、冷血御曹司の激愛で懐妊いたしました
圭一郎の決意
向坂自動車株式会社、臨時取締役会が緊急で招集されたのは、圭一郎が澪とふたりで彼女の実家を訪れてから、二週間後のことだった。
議題はドイツにおける数車種のある構造について現地法上瑕疵が見つかったというもので、大規模なリコールに発展する可能性を孕む深刻なものだった。
リコールとなればそれなりの損失は免れない。本社ビル最上階にある大会議室は重苦しい空気に包まれていた。
「しかし、こうなってみれば、五菱との関係を再開させておいたのは正解でしたね、社長」
ひと通りの報告を聞き終えて、取締役のひとりが言う。社長である圭介が頷いた。
「まぁ、そうだな。リコールとなれば金がかかる」
別の取締役たちは、さすが副社長だ、先見の明がおありだとヒソヒソと言い合っている。和信が忌々しそうに眉を寄せた。
「副社長、お手柄ですな」
お世辞のような言葉が圭一郎にかけられる。圭一郎は、首を横に振った。
「いえ。……ですが問題はそこではないでしょう。この件についてどう解決していくのかです」
そう言うと、皆気まずそうに黙り込んだ。事案の深刻さから取締役のうち誰かが現地に飛び、直接指揮を執らなくてはならないのは明白だが、誰が行くかが問題だ。手を挙げる者はいなかった。
報告を聞く限りリコールを回避できる確率がかなり低いからだ。行って失敗すれば今後のキャリアに影響すると、皆二の足を踏んでいる。
「分野としては和信常務の管轄ではないですか?」
ひとりの取締役が和信に向かって問いかける。和信が顔を歪めた。
「それは……ですが私は、現在西日本工場の件で手一杯ですよ。到底現地には飛べません。あなたこそいかがですか?」
「わ、私は……」
目の前で繰り広げられる押し付け合いをよそに、圭一郎は報告書を読み込んでいた。
確かに状況は厳しいが絶対に回避できないとも言い切れない。それに、たとえリコールになったとしても損害を最小限に留める策を講じなくてはと、頭の中でシミュレーションする。
和信が圭一郎に水を向けた。
「ですが、そもそも専門でいうと副社長の方が適任では? 私よりお詳しいですし、現地に赴任経験もおありだ」
その言葉に皆が一斉に圭一郎を見る。和信がうすら笑いを浮かべた。難しい案件を押し付けて失敗させ、圭一郎の経歴に傷をつけようとしているのだろう。
そんな彼を見つめているうちに、圭一郎の頭にこの件とはまったく関係ないことが浮かぶ。
——そういえば、こいつはもう澪の秘密に辿りついたのだろうか?
しばらく考えてから、圭一郎は口を開いた。
「確かにそうですね。わかりました、私が行きましょう」
「なっ……!」
圭介が目を剥いた。
「なにを言ってるんだ! なぜお前が……」
圭一郎の言葉と社長の剣幕に、会議室がざわざわとする。そんな周りをよそに、圭一郎は報告書に目を落とし、冷静に説明をする。
「今回の件は構造上の瑕疵ではありません。あくまでも法令上の問題です。現地赴任時代の私のつてを辿ればなんとかリコールを回避できるかもしれません。と、なれば直接行かなければ話にならないでしょう。私が行きます」
もう一度はっきりと宣言すると、会議室の緊張が一気に緩む。自分が行くことにならなくてよかったとあからさまに安堵したような表情の者も何人かいた。
和信は、無表情で圭一郎を見ている。
圭一郎はぐるりと一同を見回して、社長である父を促した。
「社長、採決を」
議題はドイツにおける数車種のある構造について現地法上瑕疵が見つかったというもので、大規模なリコールに発展する可能性を孕む深刻なものだった。
リコールとなればそれなりの損失は免れない。本社ビル最上階にある大会議室は重苦しい空気に包まれていた。
「しかし、こうなってみれば、五菱との関係を再開させておいたのは正解でしたね、社長」
ひと通りの報告を聞き終えて、取締役のひとりが言う。社長である圭介が頷いた。
「まぁ、そうだな。リコールとなれば金がかかる」
別の取締役たちは、さすが副社長だ、先見の明がおありだとヒソヒソと言い合っている。和信が忌々しそうに眉を寄せた。
「副社長、お手柄ですな」
お世辞のような言葉が圭一郎にかけられる。圭一郎は、首を横に振った。
「いえ。……ですが問題はそこではないでしょう。この件についてどう解決していくのかです」
そう言うと、皆気まずそうに黙り込んだ。事案の深刻さから取締役のうち誰かが現地に飛び、直接指揮を執らなくてはならないのは明白だが、誰が行くかが問題だ。手を挙げる者はいなかった。
報告を聞く限りリコールを回避できる確率がかなり低いからだ。行って失敗すれば今後のキャリアに影響すると、皆二の足を踏んでいる。
「分野としては和信常務の管轄ではないですか?」
ひとりの取締役が和信に向かって問いかける。和信が顔を歪めた。
「それは……ですが私は、現在西日本工場の件で手一杯ですよ。到底現地には飛べません。あなたこそいかがですか?」
「わ、私は……」
目の前で繰り広げられる押し付け合いをよそに、圭一郎は報告書を読み込んでいた。
確かに状況は厳しいが絶対に回避できないとも言い切れない。それに、たとえリコールになったとしても損害を最小限に留める策を講じなくてはと、頭の中でシミュレーションする。
和信が圭一郎に水を向けた。
「ですが、そもそも専門でいうと副社長の方が適任では? 私よりお詳しいですし、現地に赴任経験もおありだ」
その言葉に皆が一斉に圭一郎を見る。和信がうすら笑いを浮かべた。難しい案件を押し付けて失敗させ、圭一郎の経歴に傷をつけようとしているのだろう。
そんな彼を見つめているうちに、圭一郎の頭にこの件とはまったく関係ないことが浮かぶ。
——そういえば、こいつはもう澪の秘密に辿りついたのだろうか?
しばらく考えてから、圭一郎は口を開いた。
「確かにそうですね。わかりました、私が行きましょう」
「なっ……!」
圭介が目を剥いた。
「なにを言ってるんだ! なぜお前が……」
圭一郎の言葉と社長の剣幕に、会議室がざわざわとする。そんな周りをよそに、圭一郎は報告書に目を落とし、冷静に説明をする。
「今回の件は構造上の瑕疵ではありません。あくまでも法令上の問題です。現地赴任時代の私のつてを辿ればなんとかリコールを回避できるかもしれません。と、なれば直接行かなければ話にならないでしょう。私が行きます」
もう一度はっきりと宣言すると、会議室の緊張が一気に緩む。自分が行くことにならなくてよかったとあからさまに安堵したような表情の者も何人かいた。
和信は、無表情で圭一郎を見ている。
圭一郎はぐるりと一同を見回して、社長である父を促した。
「社長、採決を」