仮面夫婦のはずが、冷血御曹司の激愛で懐妊いたしました
 会議室から副社長室へ戻った圭一郎がジャケットを脱いでいると、秘書も通さずにドアを突き破るようにして、圭介が入ってきた。
「圭一郎!」
 ハンガーにジャケットをかける圭一郎に向かって、声を荒げた。
「なぜ手をあげた? どう考えても敗戦濃厚な案件だろう!」
 先程の採決の結果、ドイツへは圭一郎が行くことになった。圭介は皆の手前、黙ってそれを受け入れたが、内心ではまったく納得していなかったのだ。
「でも誰かが行く必要があるでしょう」
 冷静に答えて、圭一郎はデスクの椅子に身を沈めた。
「たとえリコールになったとしても、損失を最小限に留めなくては」
「だがそのような役割は、お前でなくていいはずだ。誰か……」
「誰ですか?」
「それは……」
 圭一郎からの切り返しに、圭介は答えない。だが圭一郎には、彼が頭に浮かべている者の名前が手に取るようにわかった。
 こういった案件、つまり泥を被るような役割は、向坂家出身ではない生え抜きの取締役が担当するというのが向坂自動車の暗黙の了解だった。
 圭一郎はため息をついた。
「そういうのはもうやめましょう、社長。一族の者だけを優遇していては、会社は発展しない。向坂家出身ではない生え抜きの役員は皆会社に欠かせない人材ばかりです。これからは、向坂家との関わりうんぬんは抜きにして個人の能力だけが評価されるようにしなくては。私が、トップに立ったあかつきには、そうさせていただきます」
「だからそのために俺は言ってるんだろう!」
 圭介が机をバンと叩いた。
「お前がトップに立つために、今が一番大事な時期なのだ。ここで失敗し、経歴に傷をつけるわけにはいかんだろう!」
 半年後の株主総会で大株主である祖父が正式な後継者を指名することになっていて、圭一郎はその第一候補者だ。ライバルたちとは大きく差をつけているとはいえ、父の言うことはもっともだ。
 だがそれでも圭一郎の決心は揺るがない。
「だからこそですよ」
 言いながら自然と口もとに笑みが浮かぶのを感じてた。
「逆転の発想です、社長。この件で私がドイツへ飛び、リコールを回避できたとなれば、私が後継者となることにもう誰も文句を言えなくなるでしょう」
 そう言って父を見上げると、彼はなにかを言いかけていた口を一旦閉じる。そしてやや掠れた声で問いかけた。
「……勝算はあるのか」
「五分五分です」
 リスクは承知の上だ。 
「ですが、負けるつもりはありません。必ずリコールを回避してみせます」
 断言すると、圭介はそれ以上はなにも言わなかった。
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