仮面夫婦のはずが、冷血御曹司の激愛で懐妊いたしました
目覚め
チュンチュンという小鳥のさえずりと清々しい空気、明るい光を感じて、圭一郎はゆっくりと目を開く。ぼんやりと瞬きを繰り返すうちに見慣れない天井が目に飛び込んできて、ここが自宅でないことに気がついた。
眉を寄せて起き上がり隣でくうくうと規則的な寝息を立てている人物にハッとする。そこでようやく圭一郎は、自分がホテルにいることに思いあたった。
結婚式を終え、今日から一週間、新婚旅行代わりにこのホテルに滞在するのだ。
互いのことをほとんど知らないまま一夜を過ごした新妻は、枕を抱いてぐっすりと眠っている。その彼女を見下ろして、圭一郎は昨夜の出来事を思い出していた。
昨日は、長い一日だった。
普段分単位でスケジュールをこなす圭一郎でさえ、いつもと違う環境に疲労を感じたくらいなのだ。彼女にとっては相当なものだったはず。
招待客の半分は坪井家側の人間で彼女もそれらしく振る舞ってはいたが、本当は彼女にとってはほとんど面識のない者たちなのだ。それこそ、逃げ出したくなってもおかしくはない状況だっただろう。
それでもそんなそぶりは微塵も見せない伸びた背筋に、圭一郎は彼女の中に計り知れない強さを見た。母親との死別、養父との生活、家庭環境の違いすぎる者たちとの学生時代、それらすべてが彼女をそうさせたのだろう。
逆境に屈しない強さとその中に併せ持つ純真な心、そのアンバランスさが圭一郎の中のなにかを強く揺さぶった。
ご令嬢、と呼ばれる者たちを圭一郎は知っている。
皆見た目は美しく控えめにそれらしく振る舞ってはいるけれど、中身はその逆だという場合も多かった。中には、有り余りる財力と時間を有効活用して、親の預かり知らぬところで自由奔放に遊ぶ者も少なくない。
澪は、お嬢さまとはほど遠い一般家庭の娘だと渡辺は言った。だがそういう意味で彼女は、本物のお嬢さまよりもお嬢さまらしく育ったということだろう。それでいて昨夜は、妻としての役割を一生懸命に果たそうとしていた。
異性との触れ合いに怯える心を励まして。
キャミソールの白い肩から目を逸らし、圭一郎はため息をついた。
——本当に、抱くつもりはなかったのだ。
誓いのキスの反応から、経験がないであろうことは明らかだった。圭一郎の側はともかくとして、気持ちの伴わないセックスは女性にとっては苦痛だろう。彼女に少なからず好印象を抱いている以上、圭一郎とてそれを強いることはしたくない。信頼し合う夫婦になるというならば尚更だ。
——それなのに。
『どうしてかはわからないけど、嫌じゃないんです』
震える声音と突然触れられた温もりに、気が付いたら引き寄せて口づけてしまっていた。
あんなことははじめてだ。
あと少しでも力を入れたら壊れてしまいそうなほど細くて柔らかな身体からは甘い花のような香りがして、その花を食い尽くす獰猛な自分の姿が脳裏に浮かんだ。
——そして。
後はもう、彼女が明確な拒否を示さないのをいいことに、その衝動に身を任せた。はじめての行為に恥じらい戸惑う彼女を、必要以上に時間をかけて溶かし、愛撫する。そしてその行為自体に、圭一郎自身夢中になっていったのだ。
少しの苦痛も与えないようにゆっくりと、優しく、丁寧に。でも結果的にはそれが彼女をさらに疲れさせることになってしまったのかもしれない。まったく起きる気配もなく眠り続ける澪を前に、圭一郎は再び深いため息をついた。
嫌だと感じたら合図しろと言ってはじめた行為だが、もし本当に彼女がそうしたとして、はたして自分は途中で踏み止まれたのだろうか。
眠り続ける彼女の目に、艶のある黒い髪がかかっている。払ってやろうと手を伸ばしかけて圭一郎は思い留まる。今彼女に触れてしまったら、それだけでは済まないような気がしたからだ。
そんな自分に心の中で舌打ちをして、圭一郎はベッドを出る。窓を開けて、朝の清々しい空気を取り込んだ。
それにしても。
こんなにすっきりとした目覚めは本当に久しぶりだ。自宅では寝る直前まで仕事のことを考えて、起きてすぐその日のスケジュールが頭に浮かぶ、それが圭一郎の日常だった。そしてその眠り自体、浅くて短い。睡眠薬こそ常用していないものの、なかなか眠れないことがほとんどだ。少しの物音でも目覚めてしまう。
だから圭一郎は恋人がいる時も決して同じベッドでは眠らなかった。
それなのに……。
圭一郎は振り返りまだまだ起きそうにない澪を見る。白い頬と、艶のある黒い髪、口もとは微かに笑みを浮かべている。妻になったとはいえまだほとんど知らない相手と同じベッドで眠ったことが、とにかく信じられなかった。しかもこれほどぐっすりと寝られたということも。
昨日は相当、疲れていたということだろうか。
いや、おそらくそうではなくて……。
この状況で幸せそうに眠る彼女に、圭一郎は自分でも説明がつかない感情を抱いている。いつもの自分ならば絶対にありえないことだけれど、このままもう一度ベッドへ戻り彼女を腕に抱いて眠りたいとすら感じている。
この感情は……。
少し強い風が窓から吹き込み、カーテンを揺らす。木々のざわめきに「んー」と小さく唸って、澪が寝返りを打った。時計を見ると八時を回ったところ。本当ならもう起きてもいい時間だ。だが昨夜のことを考えると、彼女が自分で起きるまで寝かせてやりたかった。
カーテンを押さえ、圭一郎は静かに窓を閉めた。
眉を寄せて起き上がり隣でくうくうと規則的な寝息を立てている人物にハッとする。そこでようやく圭一郎は、自分がホテルにいることに思いあたった。
結婚式を終え、今日から一週間、新婚旅行代わりにこのホテルに滞在するのだ。
互いのことをほとんど知らないまま一夜を過ごした新妻は、枕を抱いてぐっすりと眠っている。その彼女を見下ろして、圭一郎は昨夜の出来事を思い出していた。
昨日は、長い一日だった。
普段分単位でスケジュールをこなす圭一郎でさえ、いつもと違う環境に疲労を感じたくらいなのだ。彼女にとっては相当なものだったはず。
招待客の半分は坪井家側の人間で彼女もそれらしく振る舞ってはいたが、本当は彼女にとってはほとんど面識のない者たちなのだ。それこそ、逃げ出したくなってもおかしくはない状況だっただろう。
それでもそんなそぶりは微塵も見せない伸びた背筋に、圭一郎は彼女の中に計り知れない強さを見た。母親との死別、養父との生活、家庭環境の違いすぎる者たちとの学生時代、それらすべてが彼女をそうさせたのだろう。
逆境に屈しない強さとその中に併せ持つ純真な心、そのアンバランスさが圭一郎の中のなにかを強く揺さぶった。
ご令嬢、と呼ばれる者たちを圭一郎は知っている。
皆見た目は美しく控えめにそれらしく振る舞ってはいるけれど、中身はその逆だという場合も多かった。中には、有り余りる財力と時間を有効活用して、親の預かり知らぬところで自由奔放に遊ぶ者も少なくない。
澪は、お嬢さまとはほど遠い一般家庭の娘だと渡辺は言った。だがそういう意味で彼女は、本物のお嬢さまよりもお嬢さまらしく育ったということだろう。それでいて昨夜は、妻としての役割を一生懸命に果たそうとしていた。
異性との触れ合いに怯える心を励まして。
キャミソールの白い肩から目を逸らし、圭一郎はため息をついた。
——本当に、抱くつもりはなかったのだ。
誓いのキスの反応から、経験がないであろうことは明らかだった。圭一郎の側はともかくとして、気持ちの伴わないセックスは女性にとっては苦痛だろう。彼女に少なからず好印象を抱いている以上、圭一郎とてそれを強いることはしたくない。信頼し合う夫婦になるというならば尚更だ。
——それなのに。
『どうしてかはわからないけど、嫌じゃないんです』
震える声音と突然触れられた温もりに、気が付いたら引き寄せて口づけてしまっていた。
あんなことははじめてだ。
あと少しでも力を入れたら壊れてしまいそうなほど細くて柔らかな身体からは甘い花のような香りがして、その花を食い尽くす獰猛な自分の姿が脳裏に浮かんだ。
——そして。
後はもう、彼女が明確な拒否を示さないのをいいことに、その衝動に身を任せた。はじめての行為に恥じらい戸惑う彼女を、必要以上に時間をかけて溶かし、愛撫する。そしてその行為自体に、圭一郎自身夢中になっていったのだ。
少しの苦痛も与えないようにゆっくりと、優しく、丁寧に。でも結果的にはそれが彼女をさらに疲れさせることになってしまったのかもしれない。まったく起きる気配もなく眠り続ける澪を前に、圭一郎は再び深いため息をついた。
嫌だと感じたら合図しろと言ってはじめた行為だが、もし本当に彼女がそうしたとして、はたして自分は途中で踏み止まれたのだろうか。
眠り続ける彼女の目に、艶のある黒い髪がかかっている。払ってやろうと手を伸ばしかけて圭一郎は思い留まる。今彼女に触れてしまったら、それだけでは済まないような気がしたからだ。
そんな自分に心の中で舌打ちをして、圭一郎はベッドを出る。窓を開けて、朝の清々しい空気を取り込んだ。
それにしても。
こんなにすっきりとした目覚めは本当に久しぶりだ。自宅では寝る直前まで仕事のことを考えて、起きてすぐその日のスケジュールが頭に浮かぶ、それが圭一郎の日常だった。そしてその眠り自体、浅くて短い。睡眠薬こそ常用していないものの、なかなか眠れないことがほとんどだ。少しの物音でも目覚めてしまう。
だから圭一郎は恋人がいる時も決して同じベッドでは眠らなかった。
それなのに……。
圭一郎は振り返りまだまだ起きそうにない澪を見る。白い頬と、艶のある黒い髪、口もとは微かに笑みを浮かべている。妻になったとはいえまだほとんど知らない相手と同じベッドで眠ったことが、とにかく信じられなかった。しかもこれほどぐっすりと寝られたということも。
昨日は相当、疲れていたということだろうか。
いや、おそらくそうではなくて……。
この状況で幸せそうに眠る彼女に、圭一郎は自分でも説明がつかない感情を抱いている。いつもの自分ならば絶対にありえないことだけれど、このままもう一度ベッドへ戻り彼女を腕に抱いて眠りたいとすら感じている。
この感情は……。
少し強い風が窓から吹き込み、カーテンを揺らす。木々のざわめきに「んー」と小さく唸って、澪が寝返りを打った。時計を見ると八時を回ったところ。本当ならもう起きてもいい時間だ。だが昨夜のことを考えると、彼女が自分で起きるまで寝かせてやりたかった。
カーテンを押さえ、圭一郎は静かに窓を閉めた。