ヒロイン覚醒要員である黒幕お父様の暴走を阻止します 〜死なないために愛嬌を振りまいていたら、不器用な愛情過多がとまりません〜

大悪魔と作戦会議







 私の前世の魂を取り込んだサルヴァドールに、色々とバレてしまった。

 これが二度目の人生だということとか、この世界が前世では創作の中の物語として読まれていたということも。

 あくまでも前世の記憶はアリアである私が保持しているので、物語の詳しい内容とかはわからないみたいだけど。

 それでも私の事情をこの世界の誰かに知られるということ自体が衝撃だった。

「なあ、タコヤキってなんだ?」

 こんな感じで、物語に関係ない前世の食の情報を手にしてしまっているけれど。まあ、それによって問題が生じることは多分ないだろう。

 彼にタコヤキの説明をすると、「イカヤキは? リンゴ飴、バナナチョコってやつも気になるな。なんで水槽に赤い魚が狭そうに泳いでんだ?」と興味深そうにしていた。

 なぜチョイスが屋台関連なんだろう。私も好きだったけど。


 ***


 サルヴァドールと契約を交わして数日が経った。

 左手の甲には、契約の証である悪魔の印がしっかりとある。
 けれど普段は他の人の目につかないように、サルヴァドールの力で見えなくしていた。

 
 ある日の午後。
 私は自分の部屋で用意されたおやつを食べていた。

 完全に自業自得だけど、夜に一人で書庫室に行ったせいで、見守りの目は厳しくなっている。
 
「オレはいつまでこいつの中に潜まなきゃいけないんだ」
 
 膝の上に乗せたぬいぐるみから、サルヴァドールの拗ねた声が聞こえてくる。
 私は扉の横に控えているメイドに気づかれないように、声を落として言葉を返す。

「だって、サルヴァのこと説明できないでしょ」
「獣にだって姿は変えられるんだ。外で拾ったとでも言えばいいだろ」
「一人で外に出られないもん。わたし、5歳だよ?」
「中身はそれなりに大人なくせして、よく言うよ」
「それは言わない約束っ」

 つん、とぬいぐるみの耳を引っ張る。
 たしかに前世はそうだけど、今は5歳のアリアなんだから。

「サルヴァだって、ちゃっかりぬいぐるみの色とか形とか変えてるくせに」
「オレに白くてふわふわした甘ったるい物に入れって言うのか? ちゃーんとここにいるヤツらの認識もすり替えたんだからいいだろ」

 サルヴァドールは自身の姿を変えられるように、魔力を柔軟に操れば物質に入り込むこともできるのだという。
 どうしても周りに説明がつかないということで、サルヴァドールには部屋にあったぬいぐるみの中に入ってもらっていた。

 最初はフリルの洋服を着た白ウサギだったはずなのに、趣味じゃないと言って黒いキツネのぬいぐるみに形を変えてしまった。本当に自由な悪魔である。

(あ、大悪魔って言わないと言い直されるんだった)

 どっちにしても丸みがあってファンシーな見た目をしているから、当の本人は不満そうだった。


 そしてサルヴァドールとの作戦会議は、人目につかない夜に行っている。
 シェリーの子守唄を聞きながら寝たふりをして、頃合いを見て起き上がりひそひそ声で始めるのだ。

「お父様に悪魔と契約をさせない! これは絶対に阻止しないと、大変なことになっちゃうから」
「なら、取り憑いている悪魔を体から引き離す必要があるな」
「どうすれば、引き離せるの?」
「取り憑かれた人間の状態によって変わってくるんだよ。取り憑かれたばっかなら力ずくで引き剥がせなくもない。問題は、精神に介入してる場合だ」

 大体の悪魔は取り憑く人間の精神に介入し、抱える弱みを絶対的なものにしたあとで、契約を結ぼうとする。

 サルヴァドールの見立てでは、クリストファーはかなり長く悪魔に取り憑かれており、精神も相当やられているだろうという話だった。

「精神にまで悪魔の手が伸びているなら、今のところ考えられるのは二つだ」

 サルヴァドールは柔らかな丸い手を前にビシッと出す。

 一つは天使の歌声を聞かせることで悪魔そのものを弱らせ、否応なく引き剥がす方法。
 けれどこれはヒロインにしかできない浄化技というやつなので、私はあと一つの手を選ばざるを得ない。

 私にできるクリストファーと悪魔を引き剥がす方法は、精神に直接介入して、飲み込まれようとしているクリストファーを引っ張りあげるというもの。

 悪魔を追い出すのではなく、本人を正常な場所まで導く必要がある。

「心と精神っていうのは、深く直結しているが別もんだ。心が外側なら、精神は内側だな。心に受けた感情が、核となる精神を形成している。これがどういうことかわかるか?」
「わかるような」

 ゲームでも聞いたような気がするんだけど、改めて説明されるとついていくのに精一杯だ。

「つまり、単純に精神だけを刺激しても無駄ってことだよ。お前の行動で、アイツの心に新しい芽生えを与える必要がある」
「心に芽生え……それって、感情的なもの?」

 すると、サルヴァドールはぬいぐるみの口の端を器用に持ち上げて笑った。

「その通り。良くも悪くもお前の行動で心に隙を作る。そうなったら次は精神ってわけだ。お前という記憶を感受し、ようやく精神に入り込むための深い"隙"ができる」

 たとえば目の前に大きな鉄の門があるとして、それが私とクリストファーを隔てる障害だとする。
 しかし、今のまま精神に呼びかけても、施錠は固く門扉はびくともしない。

 なら、扉を開けるには、どうするべきなのか。
 すべて開けることはできなくても、施錠をゆるめて、門扉に隙間を作るにはどうすればいいか。

 その答えは、最初から頭に入ってはいた。

 精神を保てるだけの余裕。
 ある程度のシナリオを知っている私は、それはすなわち大切な人からの無償の愛が必要不可欠なんだと思っていた。

 もしそうなら、クリストファーに疎まれている私の存在は逆効果になってしまう。一人で考えていたときは、もう詰んでいるのではとお手上げ状態だったけれど。

 サルヴァドールは、ほかにいくらでもやりようがあると言ってくれた。

「まずは関心を向けさせるだけでいいんだよ。存分に、容赦なく、やり過ぎなくらい。アイツを揺さぶれ」


 揺さぶり作戦。
 それはつまり――

「お父様〜〜!! 今日も良い天気だね!!」
「……お前にはこの曇天が晴れやかに見えるのか?」

 当初の予定通り、愛嬌を振りまきまくること。



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