ヒロイン覚醒要員である黒幕お父様の暴走を阻止します 〜死なないために愛嬌を振りまいていたら、不器用な愛情過多がとまりません〜
静まり返った室内に、その言葉はやけに残響する。
クリストファーは思わず瞳を見開き、今も荒い呼吸を繰り返すアリアを凝視した。
まるで幼き日の自分を見ているようだと思った。
前公爵に逆らえず、無力に従っていたあの頃。まだ父親というものに期待していたときは、クリストファーも同じように「どうか殺さないで」と願っていたのだ。
「……俺に殺される夢でもみているのか?」
それが熱のせいで出たものなのか、それともアリアの本心なのかはわからない。
ただ言えることは、この瞬間からアリアの認識が確かに変わった。
気に留めることのなかった存在から、自然と気に留まる存在になったのだ。
「……」
何を思ったのか、クリストファーはアリアへと手を伸ばす。
汗で肌にぴったりと張り付いた髪を横に流し、火照る小さな額にそっと手のひらを乗せた。
「……すう……すう」
不思議なことに、クリストファーに触れられたアリアの表情は少しずつ和らいだ。
「…………」
クリストファーは枕に落ちた布を取り、アリアの額に乗せると、踵を返して部屋を出ていった。
「感触としては、まあ十分だろ」
そして扉が閉まると、寝息を立てるアリアに抱きしめられた黒キツネのぬいぐるみが、そう呟いた。