22時からはじまる恋物語

「桜井先生」

呼び止められて、思わず足を止める。
振り返った先にいたのは、楠木君。

初対面の時は制服だったけど、そうか、今日はスーツなんだ。
教室でも目にしているはずなのに、似合いすぎているスーツ姿に何の違和感も覚えなかった。

改めて今、その事実に気付く。

心臓が、どくんと跳ねた。

「あ、楠木、くん」
「お疲れ様っす」
「お、お疲れ様」
「先生、電車ですよね?」
「うん。そうだけど」
「よかった。一緒に帰ります」

よかった。
その一言に、また頬が赤くなるのを感じた。

「彼氏います?」発言に引き続き、「よかった」って。これって、もしかして。
ちょ、ちょっと待って、浮気者とは言えわたしも彼氏が...!

「高崎先生に言われて。Dコマ終わり、女性講師で駅方面の人がいるから、駅まで一緒に帰ってくれって」

...あ、なーるほど。

「Dコマまでいる女性講師、大体2人いるけど、1人は彼氏が迎えに来るって聞いてたので。名前も聞いてたんですけど、すみません、俺、人の名前覚えるの苦手で」

...あ、なーーるほど。

なるほどね、そういうことね。

浮かれポンチの自分の頬を脳内で思いっきりビンタして、冷静に笑顔を作った。

「あ、そうだったんだ!いつも高崎君が送ってくれてたんだけど、しばらく同じコマに入らないみたいで。楠木君も高校生だし、1人で帰らせるのも不安だったからわたしも安心かな!うん、一緒に帰ろう!」

...いやいや、喋りすぎな、自分。
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