22時からはじまる恋物語
「楠木君、今何人担当してるの?」
「俺っすか?8人です」
「わお、もう8人もいるのか!みんな受験生だよね」
「はい、一応受験生専属って感じらしいので」
「まだ増えそうだねぇ。シフト、キツくない?」
「平日のこの時間は家にいても特にすることないし、平気です」
「そっかそっか」
わたしがシフトに入っている日は基本、楠木君も入っていた。
ほぼ連日シフトに入ってるわたしと同じだけ入ってるって、なかなか凄い。
基本最終コマのDコマだけみたいだけど、そんなところを見てもうっかり高校生だってことを忘れてしまうのだ。
「今から夏期講習に向けて忙しくなるしねー。あ、今度多分夏期講習前の決起会があるよ!まぁ決起会と称した飲み会だけど...って、ごめん、楠木君高校生だ」
「いや、室長から聞きました。保護者として俺がいるからお前も来いって」
「あはは、保護者か!お酒は勧めないから安心して」
「大人しくコーラ飲んどきます」
よく響く階段を降り、ビルを出ていつもの信号前へと向かう。
階段は狭いから並んでは降りられず、先に出た楠木君に並ぶ形で話しを続けた。
「あ、そう言えば講習で使う新しいテキストだけどさ、数学解いてたんだけどどうしても引っかかるとこがあっ...て...」
かつん、と、パンプスが止まる。
わたしの声が途切れたことに気付いたのか、楠木君の足も止まった。
わたしの方を見て、わたしの視線の先に顔を向ける気配を感じる。
わたしはただ、信号前に立つ見慣れたパーカー姿から、目が離れないでいた。
「...太一」
久しぶりに呼ぶ、名前。
GW以降、連絡が途絶えがちだった彼氏。
カチッと、止まっていた時計が進む音がする。
...聞きたくなかった、音だ。