22時からはじまる恋物語
どれくらい時間が経っただろう。
何度か信号が変わった気がしたが、足が鉛の様に動かなかった。
......終わったんだな。
太一と話していたのは、多分5分足らず。あまりにも呆気なく、わたし達の時間は幕を下ろす。
いや、「わたし達の時間」なんて、どこにもなかった。
なかったんだ。
ようやく顔を上げたタイミングと青信号とが重なったので、重い足を動かした。
とにかく、帰ろう。
ここにずっといるわけにはいかない。
1人で帰らなきゃ。これからはもう、1人なんだから。
下唇を噛み締めながら、信号を渡り切った、その時だった。
「桜井先生」
......足が、止まる。
呼ばれた方に顔を向け、ガードレールに浅く腰掛けた顔を見た瞬間、熱いものが喉にこみ上げてくる。
......なんで。
「......楠木、君。え......なんで......」
片手には薄い文庫本。
街灯すらない夜道。車のライトを頼りに読んでいたのか。
歩道に投げ出されていた長い足が、すくっと立ち上がる。
「彼氏、迎えに来たのかなと思ってたんすけど。2人とも信号渡る気配も移動する気配もないし。ちょっと、様子見とこうかなって。もし迎えに来たんじゃないなら、あれだし」
文庫本を鞄にしまいながら、楠木君はほんの少しだけ、笑った。
笑ったんだ。初めて。
「1人で帰らせないって、約束しましたよね」