22時からはじまる恋物語
「...なんかさ、薄々勘付いてはいたんだけどさ」
「桜井、報告書さっさと終わらせろよ」
「浮気されても本命ならいいってずっと思ってたんだけど。でもさ、わたしが本命だなんて証拠、どこにもないんだよね」
「...報告書」
「もしかしてこの一年、わたしが都合いい浮気相手だった...?」
だって、GWのデッズニー旅行だよ?
苦労して予約したチケットもホテルも、わたしじゃなくて別の女と行ってるんだよ?
さすがにこれって、最大のフラグじゃない?
「振られるかも」と呟いた先の報告書が、じわっと揺れる。
涙を必死に堪えながら、チラッと目の先に入った時計の針を見て我に帰る。
「げっ!9時50分じゃん!やっば、報告書!」
「だから言ってるだろ。さっさと終わらせろよ」
パシンと優しめに頭を報告書で叩かれて、スイッチを仕事モードに戻した。
今日担当した生徒の状況報告をまとめ、教室長デスクへと急いで持って行く。
「恋バナは業務終わらせてからなー」
「は、はい〜すみません」
「ま、今日のDコマは高崎と桜井だけだったからな。仕事できる2人だから多めに見よう」
この塾の教室長、長門先生は、キツめに締めていたネクタイを緩め、ぐっと伸びをした。
まだ20代後半の彼は若々しさもありながらも、この個別指導塾をまとめるベテラン感は十分に兼ね備えている。