22時からはじまる恋物語
「......ありがとう。では、お言葉に甘えて、また愚痴らせてね」
ふっと笑うわたしを見て、楠木君も少しだけ笑い、「りょーかいっす」と呟いた。
「楠木君は?彼女とかいないの?」
「いないっすね」
「うへー意外。よく言われるだろうけど、モテるでしょ?」
「まぁ、そっすね」
「全肯定ですか」
こんな軽いやりとりが、今のわたしの心には丁度良かった。
楠木君がいつか恋路に迷った時は、いつでも話を聞いてあげるね。なーんて、思っても口にするのは憚られる。
国宝級イケメンで大抵非の打ち所がない彼が、そんな思いをするとは、到底思えないしね。
それでも今日の恩は、忘れない。
「じゃあ、お疲れ様です」
「ほんと、ありがとね。気を付けて帰ってね」
「桜井先生も」
改札で別れようとした時、楠木君は思い出した様に「あ」と呟いた。
「ん?忘れ物?」
「いや、塾出た時に先生、夏期講習のテキストの話してましたよね」
「......あぁ!うん、そう言えば!」
その後のドタバタですっかり記憶から消し去られていたけど、そう言えば夏季講習のテキストの件で、楠木君に聞きたいことがあったのだ。
「すみません、忘れてて。明日でもいいですか?」
「あ、勿論。てかごめんね、わたしもすっかり忘れてた」
「いえ。じゃあ、また明日」
「うん、また明日ね」