#推しが幸せならOKです@10/15富士見L文庫から書籍化






「……"普通"になりたかったの」




息吹の呟きに、美聖は手を止めて、彼女の顔を見る。息吹は自身の黒い髪の束を指でつまんで眺めながら続ける。




「……私は、みんなが普通にしてきた、青春とか友達とか受験とか恋とか流行りとか、そういうの何も知らない」




事務所の方針でビジュアル担当として常にロングヘアーであり続けた息吹の髪は常に潤っている。

みんなが青春を謳歌している横で、ひたすら自分だけを磨き続けた。頭のてっぺんから足の爪先まで、脇目も振らずに。


息吹の完璧主義はアイドルとしては理想だったが、人としてはむしろ欠如していた。


他のメンバーが羽目を外してはしゃぐところでも、息吹はcoc9tailの黛 息吹として呼吸し続けていた。肩の力の抜き方を忘れていた。


それがいつしか、自分の首を苦しめて、コンプレックスとなった。


息吹は髪の束を手から離し、美聖を見る。優しい瞳とかち合い、息吹の詰まりかけていた呼吸が穏やかになる。美聖の向こうで歌い続ける自分が朧気になる。



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