#推しが幸せならOKです@10/15富士見L文庫から書籍化
指折りしながら普通を連想していた息吹が、ふ、と輝きを放っていた瞳を曇らせる。だが、赤いグロスが塗られた口元は笑みを描いている。
「……もちろん、引退して、みんなの中から私が忘れられていくのはやっぱり寂しい。少しずつでも、絶対に忘れられてゆく。今まで頑張って築き上げてきたものだって、時間とともに風化していくのは仕方ないけれど、悲しいし虚しい。coc9tailの黛 息吹がいなくなるみたいで」
そう語る息吹は既に決意を固めたあとだった。
「でもそれ以上に私は"普通"になりたいと思うんだ。スポットライトも沢山の注目も拍手もない、普通に恋をして好きな人と結ばれて家庭を持って、幸せに暮らしたい」
息吹の右手の指は普通によって全て埋められた。左手も彼女の言葉が続いて指折りされてゆく。
美聖は、息吹のその細く伸びた左の薬指に、銀の楔が付くところを想像して、胸が、きゅ、と締め付けられる。
「普通になりたいなら、相手も普通の人がいい」
「……、」
息吹の言葉に、美聖の呼吸がわずかに止まる。手にしていたメイク落としのシートがぐしゃりと手の内で歪む。