#推しが幸せならOKです@10/15富士見L文庫から書籍化
アイドルと噂
木村が事務所の練習室に赴くと、一番奥の部屋だけ明かりが点っていた。
静まり返った空間に、微かに聴こえてくるcoc9tailの曲と、キュ、キュ、とシューズの裏が床に擦れる音がする。
「(……まったく、)」
ガラス張りの扉から部屋を覗けば、全面鏡の前でひとり、ただただ徹底的に踊る息吹がいた。
彼女のストイックさに、木村はcoc9tailのマネージャーになった当初からずっと驚きと尊敬と、心配が伴っていた。
力強い眼差しで鏡を見つめ、激しいダンスを繰り返し繰り返し踊る。
木村から見れば既に完璧に思える振りも、彼女にとっては及第点に及ばないのだろう。
メンバー全員での打ち合わせは午後の2時には終えていた。現時刻は23時過ぎ。……彼女はいったい、いつからここで練習していたのだろう。