好きとか愛とか
壱矢の額が離れ、それが名残惜しいと思っている理由も分かればいいなと思った。

 「言っとくけど、断ってるからお前に彼女頼んでんだぞ?」

 「彼女役です」

 「そーかよ」

そこで一旦話が終わり、また沈黙が落ちた。
でもさっきまでの沈黙とは違って、和やかな空気が流れている。
すると、その空気を分断するように、壱矢のスマホが着信を伝えてなり始めた。

 「ちょっとごめん」

お尻のポケットからスマホを取り、画面を観て眉を寄せる。
見覚えがないのか、怪訝な顔をしていた。

 「はい」

対応する声からも、警戒心が窺える。
だが、挨拶を交わした直後、電話の相手が誰なのか判明したらしくいつもの声に戻っていた。

 「あ、どうも先日はお世話になりました。はい、大丈夫です。………はい、……え、本当ですか?はい、ええ」

敬語混じりの丁寧な対応は、相手か自分より目上であることを示している。
途中壱矢の目が見開いて、なぜか私の方を凝視した。
私の顔を観て、相手と話をしている。
共通の知り合いかと思って首をかしげた時、壱矢が私の手をぎゅっと強く握りしめた。

 「ちょっと待っていただけますか?今一緒にいるので確認します」

声の感じと雰囲気が、壱矢の緊張を物語っている。
壱矢と私の共通て、こんなふうに張り詰めた空気になることなんて一つしかない。
心臓が嫌な音を立てて脈を打ち始めた。

 「壱?」

手を離し、私の肩を抱き寄せる。
落ち着かせるためなのか、幼い子をあやす仕草で私の背中を撫でていく。

 「犯人らしき男が捕まった」

耳元に唇を寄せ、すごく落ち着いたトーンで告げられた事実に、全身が毛穴を膨らませるのか分かる。

< 119 / 242 >

この作品をシェア

pagetop