好きとか愛とか
壱矢に強い意思を伝えて、抱き締める腕に少し自分のみを預けた。
背中が何度かタップされる。

 「お待たせしてすみません。今から行きます。はい、はい、大丈夫です、道は分かります。はい、では後程。失礼します」

通話を終了させると、今度は両腕で抱き締めてくれた。
僅かな震えも察知して、それが消えるようにと強く抱きすくめられた。

 「怖い?」

 「先輩は怖くありません。落ち着きます」

 「よかった」

先輩は怖くない。
でも、犯人に会うのはやっぱり怖い。
今はまだ、顔を観ていないからこうしていられるけれど、いざ対面したとき自分がどう感じてどう対処するのか全く予想がつかなかった。
早く終わらせたい思いは強いのに、その反動がどう影響するのか考えると恐怖ばかりが募ってくる。

 「付き合わせてすみません。私が先輩の連絡先しか言わなかったから…」

 「気にすんな」

本当は自宅に電話というところだろうが、壱矢の連絡先しか知らなかったからここにかけるしかなかったのだろう。
私一人で行くのが正解なのに。

 「帰り遅くなるかも知れないから、喜美子さんに連絡しとくな?」

 「え…っ」

 「心配するな。俺は友達んちで壱は図書館ってことにしとくから」

 「ありがとうございます」

 「ん」

頭を撫でて、またスマホを操作した壱矢が母に電話をかけた。
メッセージで済むところなのに、ちゃんと電話をして語弊を避けるところには好感しかない。

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