好きとか愛とか
 「もしもし、壱矢です。今話せますか?あの、俺今から友達の家へ行く事になりましたので、夕飯に間に合わないかもしれません。はい、すみません。それと壱もこれから図書館へ行くとのことで遅くなるそうです。夕飯は帰ってから食べることになりそうなんですが、構いませんか?はい、はい、その方がいいかもしれません。はい、場所は大丈夫です、わかります。はい、喜美子さんも楽しんでください」

何やら段取りを立てたふうな会話が終了して、壱矢が私から離れていく。
密着していた場所の温度が下がり、肌寒さを感じた。

 「父さん接待長引いて泊まりになったっぽい。俺らも帰りわかんないなら、それぞれ外で食べようって。喜美子さんと愛羅も映画観てゆっくりしてくるから遅くなるって」

 「そうなんですね、分かりました」

その方がいい。
自分がどんな情況で帰るか分からない以上、家族との接触は極力避けたい。
そのための嘘や偽装工作も、壱矢にはもうさせたくなかった。
ソファから立ち上がった壱矢がキッチンへ移動し、戸棚やら引き出しを開けてがさごそ漁り始めた。
大きな体がキッチンで忙しなく動いている。

 「あー、みっけ、これか」

お目当てのものが見つかり、何か手に持ってこっちへ戻ってきた。
出てきたのは予備の食費。
これで何か食べてくるよう母から言付かったのだろう、お札をいくらか持っている。
十枚くらいはありそうだ。

 「財布取ってくる」

 「あ、私も取りに行きます」

 「いいよ。これ使わせてもらおうぜ」

お札をヒラヒラさせて、笑った壱矢はちょっと悪い顔をしていた。

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