好きとか愛とか
囁くでもなく、呼ぶでもなく、ただただ心地よい声がダイレクトに鼓膜に届いた。
自分と同じ、でも違う、壱矢の香りが私を包む。
布越しからでも伝わる壱矢の体温と、抱き締める力強い腕に緊張が一気にほどけた。
よほど急いできたのか、乱れた呼吸が首筋にかかる。
後頭部を支える大きな手のひらは、こうやっていつも私を包んでくれる。
あいつのものとは違う壱矢の全て。
私が今一番ほしい、体温。

 「ついてきてやれなくてごめん」

 「いえ、私の方こそ、来させてしまってすみません」

ああ、駄目だ。
泣きそう…。
安心して気が緩んだら、涙腺も揃って弛んでしまった。
目頭が熱くて、痛くなる。

 「いや。必要としてくれてありがとう」

だらんと垂れていた両手を持ち上げ、壱矢のシャツを掴む。
ちびちび涙を流していた涙腺が、留目をさされて崩壊する。
そんなのずるい。
そんな言い方、ずるい。
必要としてくれてなんて、なんでありがとうなんて言うの?
なんでそんなに、私を落ち着かせるの?
なんでいつも、私がほしいときにそばにいてくれるの?

その理由を、知りたくなる。
理由が知りたいところまで、来てしまっていた。
家族だからじゃないのは分かっている。
そんなつもりはないとはっきり言われているから、義理の妹や家族としてそばにいてくれているわけでないことも。
でもそうして消去していくと、残された可能性があまりに自分本意すぎておめでたい。


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