好きとか愛とか
駄目だ、今はまともに考えられそうにない。
考えるときじゃない。
考えても分からないのに、考えようとすればするほどドツボにはまってしまいそうだ。
何もかもを忘れて、今ある壱矢の温もりだけを感じていたかった。
今はただ、そうすることが私の望みだった。

泣きじゃくる私を、壱矢はずっと撫でてくれていた。






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 「七時半…、案外早く終わってよかったな」

バスに揺られながら壱矢が時計を見る。
もっとかかると思われた面通しは、意外なほどあっさりしたものだった。
調書は前に取ってあるし、必要なことを追記するのに私も必要ないので、本当に顔を見ただけで帰された。
そのときの拍子抜け、肩透かしといったら無い。

別にもっといたかったわけじゃないけれど、あれだけ派手に泣いた私としてはばつが悪かった。
あの事件以降、意識するよりずっと緊張を溜め込んでいたらしい私の体は、一区切りついたことをきっかけに涙を爆発させてしまった。
止めどなく流れる涙はどうにもならなくて、壱矢のシャツがびしょびしょに濡れてしまうほどの大惨事。

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