好きとか愛とか
壱矢は私にそんなことしなかった。
だから…。

 「嬉しいんです。どうしてか私、それがすごく嬉しいんです」

離したくないと壱矢が思ってくれたら、それを想像したときの胸の熱さは気のせいなんかじゃない。
今はこんなに、壱矢のそばにいる自分が幸せだと感じている。
甘酸っぱくて、奥歯のもっと奥の方がキュンと切なく痛む。
それがたまらなく嬉しい。

恐る恐る壱矢のTシャツに手を伸ばし、そのはしを掴んでみる。
払いのけられた時の自分を想定するより、勇気を出した自分を大事にしたくて。
すると、最初は驚いて目を見開いた壱矢だったが、すぐに私の手に自分のそれを重ね、上からしっかり包み込んでくれた。

 「その嬉しい、もっと育ててみ?」

 「育てる?」

 「そ。育つよ、それ。俺といたら育つ。そしたら分かる」

壱矢といたら育つ…。
今ある嬉しいがもっと育つ?
じゃあもっと育ったら、この嬉しいはどうなるんだろう。
もっともっと大きく膨らんだら、ステップアップしてなにか別のものになるんだろうか。
出世魚のように。

 「膨らみすぎて破裂しませんか」

 「破裂するくらいの方が壱にはちょうどいい」

 「消えませんか?」

 「残るよ、ちゃんと」

残る…。
残るんだ…。
破裂してもちゃんと残るんだ…。
胸にある嬉しいが破裂するくらいに育てれば、きっと気付けていない私のなにかと壱矢のなにかが分かる。
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