好きとか愛とか
でもそんなことできない。
壱矢に預けきってしまうことなんて、してはいけない。 

 「嫌いっ!みんな大っ嫌い!!」

壱矢を振り払った私は、転げそうになりながら部屋を飛び出した。

 「壱っ!」

後ろから壱矢が私を呼ぶ声がして、足音も聞こえる。

 「おぅ、壱ちゃんっ、どうした…」

恭吾さんをやり過ごし、スニーカーをつっかけて外へ出る。
暑い日差しと蒸せた空気が、快適な空間で鈍った体に直撃して息が詰まった。
どこでもいい、とにかく誰もいないところへ行きたい。
運動部に入っていてよかったと、このときほど思ったことはなかった。
こっぴどく走らされて身に付いた持久力は、部活を引退してしばらく経っても衰えてはいなかったらしい。
全力より弱く、ランニングよりも速いスピードで、あてもなく走っていく。

不幸中の幸いとでも言おうか、祭りのお陰で人姿は多く、私はすぐに大勢のうちの一人と同化した。
ぶつかる人に謝りながら、家を出たときより緩いスピードで進んでいく。
このまま祭りの会場に行けばさらに紛れるが、逃走した私のことなんか気にも止めないだろうあの人たちと、途中で出くわすかもしれない。

ひとまず学校へ逃げ込むことにした。
あそこなら祭りのある日になんか絶対人なんか来ない。
きっちりしてるくせに、わりと用心の悪いあの学校なら屋上への道も開いているだろう。 
開いてなかったら一人でどこかうろうろするしかないけれど、財布を持たずに出てきてしまったからどこかの店に入ることが出来ないので、願わくば開いていて欲しい。
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