好きとか愛とか
最初のうちはうまくいったとしても、靡かない私に不満を抱くようになり、挙げ句に約束など忘れてこれまで通りになるのだ。
それに対して私がなにも言わないでいると、水に流れた過去の事となる。
なにも変わらないのだ。
少なくとも、ここに越してきた当時にでさえ戻ることはできない。

 「先輩のことも、今まで通りにできるとは思わない。母さんはきっと、彼を恨む。どうしようもない憤りを、全部ぶつける」

 「そんなことしない、しないから…、お願いよ、壱…」

 「信用無いんだってば、母さん…」

あなたはする。
そういう人間なんだから。
悪意なくやっちゃえる人。
かんざしを簡単に愛羅にあげるのと同じに、耐えられなかったのだと私や壱矢を裏切る。
泣いてもどうにもならない。

 「父さん…」

壱矢が私を抱き締め、疲れた声で恭吾さんを呼んだ。
恭吾さんがこちらを向いたのが、空気で伝わってきた。

 「今まで俺も壱も、なにもねだったりしなかった。息子のわがままも聞いてくれよ」

そう、
なにもねだらず、なにも要求してこなかった。
ずっと、自分を押し殺してきた。
やりたい放題に与えてもらう愛羅のそばで我慢してきたのは、この日のためだったとさえ思えるくらいに。
壱矢の声が最後、震えて聞こえたのは気のせいじゃない。

 「………壱矢」

壱矢を呼ぶ恭吾さんの声は、無意識に漏れたものだと誰もが思った。
全て吐き出し、疲れきった四人がそこにいた。
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