好きとか愛とか
でも別に嫌な気はしない。
そういうものにどっぷりはまるのも、悪くない。
共感できる相手が、私にもいるのだから。
冷めた自分はもうどこにもいない。
誰かとなにかをする、複数の自分への抵抗もない。
今の私にあるのは、明日への希望と見たこともない世界を一人ではなく誰かとめぐることが出来るという期待だった。
壱矢との新しい自分に、喜びが満ち溢れていた。

しかし、喜んでもばかりいられない人がここに一人…。

 「…悲しいよぉぉ、卒業しちゃうよぉ…、会えないよぉ」

教室に着くと、安倍さんが涙でぐしゃぐしゃになった顔を擦りながら泣きついてきた。

 「休みの日に会えるじゃない」

彼氏となった荻野先輩と会えないことを嘆いているが、一生の別れでもなく、なんならすぐに連絡だって取り合えるのだから、そこまで泣きじゃくる気持ちが分からなかった。
寂しい気持ちは、お陰さまで、何となく分かるけれども。
荻野先輩が大学へ進学するに当たり、若干の遠距離になることが彼女の不安もあおっているのだろう。
にしても、

 「泣くなとは言わないけど、目が腫れちゃう、いいの?」

 「よぐないぃぃぃ…っっ」

ハンカチで盛大に鼻をかみ、無理矢理涙を引っ込めようと努力する安倍さんは本当に女の子らしくて可愛い。
自分にもこんなところがれば、壱矢も喜ぶのだろうか、等と考える当たり私も結構乙女になったということか。
なんにせよ、大きな変化であることはまちがいない。

スピーカーがじゃりじゃり言うのが聞こえ、直後に卒業式への召集命令が入る。
するとまた、安倍さんがぶるぶる震えだして泣き始めてしまった。
こうなったらもう止まらないので、仕方なくそのままの安倍さんを会場まで引っ張っていくことにした。

今ごろ壱矢も、教室にいるのかな…。

学校ではほとんど会うことなかったけど、しかしもう会うことがないのだと思うと、胸のおくがキュンとした。
この数百倍もの感覚が安倍さんを襲ったのなら、泣きじゃくっても納得だ。
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