好きとか愛とか
所作が美しくて、思わず見惚れていると、不意にこちらを向いた壱矢と目があってしまった。
慌てて目をそらしたが、見ていたことはバレているだろうか。

 「壱って、メガネなんだな。家じゃかけないのに」

本を畳み、柔らかな手付きで本棚へ戻す。
本を愛している人の仕草は素直に嬉しかった。

 「遠くが見えにくくなってきたので学校ではかけるようにしてます」

遠くが何となくというレベルなので、家の中ならはなくても問題ない。
なので、家にいるときは滅多にかけない。

 「よく似合ってる。あの黒ぶち。可愛い」

私をじっと見つめ、“可愛い”のところでふにゃりと笑った。
綿菓子みたいな笑顔。
少女漫画では女の子に使う形容詞。
そんな顔で言われると多少は心拍がざわつくが、電柱にぶつかりそうになるのを寸でて回避した程度の高鳴り。

 「どうも」

逆に私は、男の子に使う形容詞的反応だ。
こんなことを言われてときめくのは、きっともっと素直で可愛らしい愛羅のような子なんだろう。
私にそんな真似事は出来ない。
母親に可愛げがないと言われる原因の一つだ。
でもこの人は、私を可愛げないと言ったことはない。
家族の中で会話する機会が多いのは壱矢だが、どんな態度やどんな対応をしても私に対して可愛くないなどの言葉を吐いたことはなかった。
頭の中ではどう思っているかは知らないけれど。
いつもこうやって、ふんわりした笑顔を向けてくれる。

お目当ての本を見つけてロフトに戻る壱矢を目で追って、壱矢が自分に向ける態度を思い返してみた。

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