好きとか愛とか
私だったら絶対、自分が取ってる態度をされたら壱矢みたいに笑ったり出来ない。
彼は心底人がいいのか優しいのか、器も懐も広い男なんだろうなと思った。

壱矢が本に集中するのを確認してから書架に向き直り、私は再び整理を始めた。
埃取りを軽く当ててから戻していく。
黙々と作業していると、不思議と壱矢の存在は気にならずにすんだ。
最後の一冊をしまう頃には思った通りに心地よく疲れていて、それとは反対に身体はリフレッシュされた気分になっていた。

さて、そろそろ閉めて泊まりの準備をしなければ。
壱矢にはさっさと帰ってもらわないと準備もなにもない。
カウンター近くにある立派な柱時計は、午後五時過ぎを指し示している。
ここに来てから一時間半ほど過ぎただろうか。
壱矢がどの程度の本を持っていったかは知らないが、区切りのいいところまで読み終えているかもしれない。
ロフトを見上げ、壱矢の姿を探す。

嘘でしょ…。

 「え…あれ…寝てない?」

座って読んでいるものと思われた壱矢の身体は大きく傾き、いや、傾くどころか座面にほとんど平行な姿勢になっていた。

静かに階段を上がると、二人掛けソファの肘掛けに頭を乗せて、腕を組んだ形で横になる壱矢がいる。
サイドテーブルには畳まれた本が一冊。
それは本好きなら大体の人が読んでいるであろう有名著書。
読み終わったのか途中で眠くなったのかは知らないが、寝息が聞こえそうなほどぐっすり眠っている。

起こそうか。
いや、でも…。

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