好きとか愛とか
奇しくも、私の大好きな本だ。
この著者のいわゆる三部作と呼ばれるものの一つで、言い回しや言葉遣いはその時代のもので堅苦しいが、なかなか胸を打たれる内容である。
何度読んでも飽きないし、この時代の許されない恋などを精神的な圧がかかるほどに強く描かれていた。
大きな窓のすぐそばにある一人掛けソファに座り、そのスプリングの滑らかさに身を預けて本を開いた。

のが、まずかったのだろう。
本の中に吸い込まれたと思っていた私は、いつのまにか夢の中へと誘われ、ふわふわ頭がぼんやりしたところでブラックアウトした。

 「…いち」

静かに肩を揺らされる感覚がする。

 「壱」

穏やかな声色で名前を呼ばれ、頭を撫でられている感触に気付いた私はうっすら目を開けて声のする方を見る。

 「起こして悪いけど、さすがにもう帰らないと」

そこには壱矢がいて、ソファの前に跪く形で腰を下ろしていた。
寝起きが悪いわけではなく、どちらかというといい方の私ではあるが、中途半端な眠りだったからかすぐに目はぱっちり開かない。
未だソファに丸くなった状態でぼんやりしていた。

 「俺が起きるの待っててくれたんだな。ごめん」

 「はい…いえ…」

受け答えもままならない。
それどころか呂律もおかしい。

 「寝ぼけてんのか?かわいいな壱は」

ぼんやりする頭をまた撫でられると、眠ってしまったせいで乱れたポニーテールの先が力なく揺れた。

 「膝掛け、ありがとな」

丸くなって寝ていた私の身体には、さっき壱矢に掛けた膝掛けが被せられている。

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