好きとか愛とか
だってこんなこと、本来なら保護者に知らせないなんてまずあり得ない。
それを無かったことにしろと頼んでいるのだから、相手の条件を飲むのは当然だろう。

 「はい、それで構いません」

それでいい。
知らせた方がいいなんて状況がどんなものでも、そんなことには絶対になら無い。
壱矢が母に話さなければならない状況は、私がこれまで通りを貫いている間は起こりえない。
そのうち今回の事は風化して、壱矢の中からも完全に消えるはずだから。
その頃には私の頭からも消えてることを願わずにはいられない。

たくさん考えすぎた脳はもうギブアップを訴えていて、これ以上考えることを拒絶していた。
寄っ掛かっていた体を離し、再び歩き始める。
その間もずっと、壱矢は私の手を握ってくれていた。
どうしてこんなに自然と隣にいられるのか、やっぱり不思議でしかたがない。
それから私たちは暫く黙り込み、バス停までの道を静かに歩いた。

お互い喋らないのに、居心地の悪さはまったく無くない。
バス停まで続く道路は閑静な住宅街で、食器を扱う音や生活の光で満ちている。
私たちが喋らないから、余計にそれがよく見えた。
高い空にはたくさんの星が浮かんでいて、うっかりすれば魅入ってしまうほど美しい。
壱矢も同じように空を見上げて、時々私を振り返っては繋いだ手に力を込めている。

 「あと二十分」

バス停につき時間を確認した壱矢が、私だけをベンチに座らせた。
自分は私を庇うように前に立って、手を握ってくれている。

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