好きとか愛とか
モテるとはこういうことをさらっとやれるから成り立つんだろうということを、思い知ってしまった。
それからはもう壱矢の顔を見ることが出来ず、バスが到着しても、バスの中でも、最寄り駅に着いてそこから家への道のりを歩く間も、私はずっと明後日の方を向いていた。

次に壱矢の顔を見たのは、自宅の玄関前。

 「普通に入れば大丈夫」

そう声をかけられて、一歩をなかなか踏み出せない私の肩を、優しく押したとき。
手が離れ、すかさず外気が入り込んでくる。
思いの外すぅすぅして、いままであった二人分の温度が逃げていくのを感じた。

 「ただいま」

平静を装って玄関を開け、いつも通りに帰宅を伝えた。

 「あっ、いっちゃん!お帰りぃ!!」

最初に出迎えてくれたのは義理の妹、愛羅。
私の身に起こったことなどなにも聞かされていない彼女は、屈託の無い笑顔で玄関に現れた。
いっちゃん、とは私のことで、彼女の私を呼ぶときのあだ名だ。
愛想の無い私にも、こうして呼び掛けてくれる。
実に可愛げのある娘だ。
私が引き立て役に使われるのも頷ける。

 「お兄ちゃんもお帰りっ」

 「ただいま。宿題やったか?」

 「やったよーっ!あっ、そうだっ、いっちゃん今日はごめんね?愛羅のせいで早退とかさせたのに、結局お兄ちゃんが迎えにくることになっちゃって」

壱矢に抱きついていた愛羅が、そのまま私の様子を窺うように上目使いで見上げてくる。
女子力が高すぎる。

< 75 / 242 >

この作品をシェア

pagetop