好きとか愛とか
そんな目と表情で言われて、とんでもなく迷惑だぜと言える人がはたしてこの世にいるだろうか。
許してしまうだろ、こんなの。

 「大丈夫だよ。図書館でゆっくり勉強できたから」

自分に出来る最大限の愛想。
どれもこれも自信がなくて、取って付けたみたいにならないか不安ではあるが、これが私の精一杯。
口角の上がらない貼りぼて笑顔を浮かべた直後、リビングから母親が姿を見せた。

 「お帰り、壱。ごめんなさいね壱矢君。この子の我が儘でわざわざ迎えにいってもらって」

一番気を遣う相手が登場したことで、引っ込めたはずの緊張が再び加速度を上げて増幅する。
案の定、ただお礼を言うだけではおしまいにならず、私の我が儘であることが追加された。
そうしておく方が都合がよくて、その方が壱矢の株を上げれるからだろう。

 「ただいま、喜美子さん。我が儘じゃないですよ。もともと愛羅が一人で帰ってこないことが原因でしたし。壱は巻き込まれたみたいなもんですから」

 「そう?壱矢君が優しくてよかったわ。さ、中へ入りましょう?」

巻き込んだ張本人が、現金なものだ。
早退までさせて迎えに行かせたのはどこの誰だろう。
どちらが我が儘なんだか分かりゃしない。
まぁ、家に帰るまで幾度と無く考えた‘今日の事がバレたらどうしよう’、についてはまったく掠りもしなかったので安泰だが。
あんなに気を揉んだのがバカらしくなった。
けれど、いつもの日常だ。
これが私のいつもの日常。
心配なんかされるより、こっちの方が落ち着ける。 
けれど、身丈よりオーバーすぎるブレザーを着ている事に気付かれないのは、なんだか少しモヤモヤした。

 「先にお風呂入る」

みんながリビングへ向かう途中、一人違う方へ足を向ける。
一刻も早く、制服を脱ぎたかった。
あいつが触った制服など破り捨てたかったし、息がかかった場所全てを洗い流してしまいたかった。

 「待って、壱。あなた壱矢君にちゃんとお礼言ったの?」

かけられたのは、またも奥津家絡み。
私がちゃんとお礼するのを確認しておきたいのか。
なるほど。

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