好きとか愛とか
壁に固定された鏡で自分の姿を確認する。
首に一つ、て首に一つ、膝から下にいくつか擦り傷が出来ていた。
どれも騒ぐほどのものではなく、すぐに傷が塞がる程度のもの。
膝とふくらはぎに出来たものは一番時間がかかるだろう。
確認できる限り目を凝らしてみたら、露出していないところにも赤い打ち身が出来ていた。
この分だと背中にも出来るはずだ。
あえて確認するものでもないなと、背中の事実からは目を逸らした。

 「なんて顔してんの、私」

心なしかやつれた自分の顔をさすってみる。
暖かい湯のおかげで血色は保たれているが、それでもすこし顔色が悪い。
あんなことがあったというフィルターを通しているからそう感じるのか、見慣れた自分のはずなのに他人を見てるような感じがした。
にしても酷い。
一人になって気持ちを張りつめる必要がないこともあり、感情のままに任せた私の顔は年よりもうんと更けて見えた。
それを振り払うようにシャワーをかけ、泡立てたタオルで体を洗った。
髪を洗って全身くまなくシャワーで流す。
ふと、夜風で湯気が歪むのが見え、窓に目をやると全開になっているのが見えた。

意味の理解できない寒さが襲い、体全体に鳥肌が立つ。
弾かれたように窓に向かい、レーンから外れてもおかしく無い強さでそれを閉めると、今度は浴室のドアに目をやった。
鍵のかかっていないドアに、感じたことの無い恐怖を覚える。

なにこれ、
なんでこんな───

慌てててドアへ移動しようとしたが、脱衣所に人がいるのが見えて足がすくんでしまった。
すりガラスに映る人影は女のものではなく、男。
それだけなのに、体が固まって動けない。
多分恭吾さんで、帰宅して手を洗っているだけのこと。
鍵をかける必要なんか無い。

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