好きとか愛とか
普段からそんなことしてないのだから、今日だってする必要なんて無いのに、なぜか鍵をかけたくてしかたがない。
それなのにこれ以上ドアへ近づくことも出来なくて、シャワーを持って立ち尽くしているだけ。

凝視する向こう側で影が動き、跳ねた私は後ろに控えていた湯船に鼻から下まで埋もれる形で飛び込んだ。

恭吾さんなのに。
そこにいるのは恭吾さんなのに。
体がガタガタ震えだし、浴槽から出ることも出来ない。
なんだというのだろう。
男に襲われはしたが尊厳を奪われるようなことはされていない。
傷はいくつかつけられたけれど、最悪なことはされていない。
それにこうして生きているのだから、無事だといってもいいくらいなのに、どうして体も心もこんなに反応してしまうんだろうか。

浴槽に入ったまま出ることすら出来ない。
思うように動くことも。
どうしよう、どうしよう、どうしようっ。

頭が働かない。
何をどう考えていいのか分からない。
うまい何かを考えて、今の自分の行動がどういうことなのかなっとく行く理由を探すけれど、どれもこれも私が求めるものではなかった。

これはきっと恐怖。
それしかない。
けれど、恐怖などと認めたくない私は頑なにそれを拒んだ。
怖さなんかで自分を失いたくない。
そんなことに気を割いている余裕なんて無い。
何もなかったんだから。

そう強く言い聞かせれば聞かせるほど、言葉が逆に作用する。
事実とは違うのだと。
自分は傷付き、その傷に飲まれそうになっているただの弱い人間なのだと思い知らせてくる。


< 79 / 242 >

この作品をシェア

pagetop