好きとか愛とか
咄嗟に自分の体を探ると、薄い布が指に絡み付いてきた。
自分の物ではない服を着ていることからして間違いなく、

 「ごめん、俺が運んだ」

それだけで分かる。
服を着せたのが壱矢だということが。
親を呼ぶと傷も見えてしまうし、あるかもしれない打撲も見つかってしまう。
私がそれを望まないことを知っているから、自分が望まないことをしてくれたのだ。
だから謝る必要なんか無いのに、壱矢の顔は申し訳なさでいっぱいだった。
こうするしかなかったし、内緒にしようとしてくれたことに感謝してもしきれない。
たとえばもし、裸を見られたところで文句などいえた義理じゃない。
不可抗力だ。

 「風呂入ろうと思って行ったらお前まだいるし、声かけても返事ねぇし」

その時の状況を想像してみる。
慌てるなんてものじゃなかっただろう。
それでも落ち着いて私のことを考えて、本当は家族の誰かを呼びたかったはずなのにそうしなかった。
葛藤したに決まっている。
親に知らせて助ける選択肢の方が正しいことも全部分かっているはずなのに、逆上せていたことを知らせなければあとでバレたとき自分が責められることも分かっているのに、壱矢はそうしなかった。

今日のことを黙っていてほしい、それを守るために。
言わなきゃいけないと判断したとは言うなんて言っていたのに、今がその時でない判断に救われた気持ちだった。
なぜかものすごく、泣きたくなって、とてつもない嬉しさがせり上げてきた。

 「部屋に入られたくないかもだから、俺の部屋運んだけど、ごめんな?」

内輪を扇ぐ勢いが弱くなる。
壱矢の中にもくすぶっているらしい。

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