好きとか愛とか
進学等でも有名な壱矢のモテっぷりは有名だ。
本人が望んでいるならまだしも、望まないのであれば壱矢の心労は結構なものだと考えられる。
呼び出しに次ぐ呼び出しの上、傷付けないように言葉を選んで断らなければならない。
優しい壱矢にはかなり堪えることじゃないだろうか。
まぁ、その誰にでも優しいというところがまた自分の首を絞めているのかもしれないが。

 「意外です。そういうこと言うの」

何事にも紳士で真摯なんだと思っていた。
誰かをカムフラージュにして自分が楽しようなんて考えないと思っていたけれど、こういう打算的なところもあるらしい。
それだけうんざりしているということかもしれないけれど。
とはいえ、私的にも別に強く反発するものでも嫌悪する提案でもないため、役に立てるならこれくらいならなんてことはない。
結構な恩があるのだから。

 「幻滅した?」

私の顔を覗き込んで微笑んでいるが、少し不安げに見えるのは気のせいだろうか。

 「いえ。別にそんなことでは幻滅しません。先輩はそれを上回る人格の持ち主なので」

幻滅などしない。
むしろ灰色な一面があってホッとしている。
家でも優しいし、品行方正が服を着て歩いているといっても過言じゃない壱矢。
そんな彼から見えた打算は、今まで見てきた壱矢でもなかなか人間ぽかった。
けれどその計算さえないものに等しい普段の壱矢だから、こんな黒さくらいで彼の人格は揺らいだりはしない。
ご愛敬だ。

 「壱に誉められたらなかなか自信持てるよ」

 「事実ですので」

 「じゃあそういう雰囲気感じたところで肯定するから」

 「分かりました」

付き合ってるなんていったって普段と変わりない。
もともと学校では顔を合わせるどころか姿を見ることだって少なかったのだから、何かを変える必要なんか無いだろう。
ただ、登下校中に手を繋ぐくらいのものだ。
それもそのうち解消されるだろうし、恩も返せてフラットな状態にも戻れる。

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