好きとか愛とか
安請け合いと、知らない人たちを騙すことに幾ばくかの罪悪はあったけれど、それも僅かで、蚊を叩き潰すくらいのひっかかりだった。

 「あ、ごめん、さっそく彼女役の出番が来そう」

校門直前、立ち止まった壱矢に気づかずそのまま歩いていた私は、後ろへくんっと引っ張られる形で立ち止まる。

 「え」

壱矢の向けた視線の先には、女子生徒数人がたむろしている。
私にはもちろん見覚えの無い生徒だが、壱矢には見覚えどころか締結した契約を実行するにふさわしいタイミングらしい。
こんなに早く出番が来ると思ってなかった私としては、ちょっと心の準備が欲しいところ。
しかしそんな余裕はない。
なにかアドバイスでももらおうと、壱矢の手を引いて訴えてみる。

 「彼女って顔してろ」

なんの役にも立たないアドバイス。
壱矢が憎らしい。
そんな言葉でなんとかなるくらいならアドバイスなど求めたりしない。
彼女って顔ってどんな?
彼女ってどんな顔してんの?
愛想を振り撒ける自信もなく、愛想を振り撒いた記憶も乏しい私には彼女の顔が全く分からない。
そんな悩みに悩む私の手を引いた壱矢が、なにも臆すること無く校門を潜った。

 「おはよー、奥津君」

潜ってすぐ、たむろしていた女子生徒の一人が壱矢に声をかけた。
名前が分からないのでAさんとする。
壱矢がいつも通りの笑顔でその女子に挨拶を返すと、周りにいた女子達も続いた。
総勢五人。
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