大好きな先生と、月明かりが差し込む部屋で過ごした夜
乾いた空気とホコリの臭い。
スポットライトが照らす光だけど、ピアノ教室に差し込んでいた月明かりみたいな感覚。
美しい音色を響かせるグランドピアノ。
月光、第一楽章を弾くには最高の雰囲気。
あの時に感じた、神秘的で静かな気持ちのまま私は演奏を続ける。
鋭い右手のリズム、左手の伴奏と奥行きのあるメロディ。
旋律とバス、そしてレガート。
ゆっくりと色彩を帯びていく演奏を耳にして、観客は心を奪われていく。
淡い色彩を帯びた音色は、ゆっくりと演奏を終盤に向かわせる。
そして、フィナーレ……
曲を弾き終えた私は、立ち上がって客席に頭を下げた。
鳴り止まない拍手。
同級生やクラスメイトの子たちは、最前列に座ったまま感動の涙を流してる。
頷きながら評価表に採点を書き込む審査員たちの表情も、みんな笑顔で喜んでいるみたい。
客席を見つめる私は、後ろのほうに視線を向ける。
薄暗くて目立たない座席に座る沙也香が、大粒の涙を流して感動する姿が見えた。
その隣で、不機嫌な表情のまま拍手もしないで私を見つめる弟の姿が……
「優介……」
ピアノの旋律に乗せて、私から君への思いは届けたよ……