大好きな先生と、月明かりが差し込む部屋で過ごした夜


 ライトに照らされて、漆黒に光るグランドピアノが置かれてる。

 背筋を正し、ステージマナーを考慮しながら歩き進むのは手慣れたもの。


 きらびやかな白いドレスは先生が用意してくれた。

 さすが先生、私の好みを熟知している。


 私はグランドピアノを背にして、軽く礼をした。

 顔を上げ、長い黒髪の毛先を手で後ろに払い、前を見て驚きながら溜息をつく。


「はぁ……」


 買い物に来たお客さんばかりで、マナーが悪い。

 設置された椅子に座り、演奏が始まるのを待ってるのは分かるけど……

 私語やスマホの着信音、ビニール袋のガサガサ雑音、館内の放送で迷子のお知らせまで聞こえてくる。


 顔を上に向けると、三階まで吹き抜けの迫力ある天井。

 二階と三階の手摺りに掴まって見下ろす子供や家族、大人も隙間無く並んでステージを見下ろしていた。

 コンサート会場には無い雰囲気に戸惑い、私は動揺してしまう。


 でも、顔を横に向けるとステージ袖に先生が立っていた。

 私に向かって小さく頷き、笑顔を見せている。


 顔を前に向けてよく見ると、最前列に優介と沙也加。

 その真ん中に、小さな女の子が可愛らしく座っていた。


「かわいい……」


 高校を卒業して結婚した二人が、子供と一緒に応援してる。



「私は一人じゃない……」



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