大好きな先生と、月明かりが差し込む部屋で過ごした夜


 気持ちを切りかえ、グランドピアノに近づき椅子に腰を下ろして準備を整えた。


 背筋を正し、鍵盤に指先を添える。

 演奏する曲は、ショパンの遺作



 幻想即興曲 Op66 CT44  嬰ハ短調



 静かに始まるメロディが会場に響き渡る。

 弾き始めてすぐにアップテンポになると、客席で騒いでた人たちが口を閉じて私の演奏を見つめてくる。


 三階の天井まで突き抜けるような力強いグランドピアノの旋律。

 そのメロディに合わせた伴奏が絶妙のバランスで館内に響き渡る。


 買い物中の人達も興味を持って立ち止まり、私の演奏に聞き耳をたてていた。


 細かいパッセージと、一つ一つの音の支え。
 
 左手のアルペジオ、きれいな音が出るようにアクセントを付け、思い切って指を伸ばし旋律を奏でていく。

 曲に感情移入していた私は、肩を揺らして自分の演奏にのめり込んでいた。


 二階と三階から見下ろす観客を、一気に魅了していく技術力は音大で身につけた。

 聞いている誰もが口を噤み、私語を控えて私の演奏に聴き入ってる。


 37小節からのフォルテシモ部分は、足下のペダルを力強く踏み込んで壮大に力強く弾きこなす。

 ただ闇雲に激しく鍵盤を叩いて弾きこなすのではなく、右手のアクセントにも注意しながら指先に意識を集中していく。

 ショッピングモールの壁に反響する音色の響きと美しさを変化させ、演奏に聴き入ってる観客達を楽しませる。



 やがて、曲も後半を迎えていく。



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