待てない柑士にひよりあり ~年上御曹司は大人げなくも独占欲が止められない~
ふたりで朝食をとり、迎えに来た車を見て彼を送り出すと、ちょうど出社してくる人がいるタイミングだろうと、私はスマホを取り出して職場に電話をかける。
『おはようございます。ISEZAKIホールディングス経理課・椎野でございます』
スマホからかわいく明るい声が聞こえた。
その声に、私の胸はドキ、と音を立てたが、何とか詰まることなく自らを名乗る。
「密石です。おはようございます」
『密石さん! おはようございます。どうされました?』
「申し訳ありませんが、本日、お休みいただきます。もしかしたらボルタの金橋さんから連絡があるかもしれないけど、急ぎじゃなければ明日折り返すとお伝えしてもらってもいいかな?」
『はい、課長にも伝えておきます。風邪ですか? 声が掠れているような……』
そう言われてドキリとした。
柑士さんはああいったものの、声が掠れているなんて分からないだろうと思っていたから、電話越しでも気づいた勘のいい彼女に、直接会社で何か感じられなくてよかったとほっとする。
「う……、え、ええっと。うん、そうなの。少しだけね」
『そうですか。お大事にして下さい。柑士兄さんに看病してもらえるなんていいなぁ』
「彼は仕事だから。それよりも椎野さんも無理しないでね」
『大丈夫です。つわりも終わったし、退職まであと3か月だけですが、少しでもお役に立ちたいので』
そう言って彼女は朗らかに笑う。
(彼女はなんていい子なんだろう)