待てない柑士にひよりあり ~年上御曹司は大人げなくも独占欲が止められない~

「お前、覚えてなさそうだったけど、昔、柑士はじいちゃんの店によく来てたんだよ。結婚前の見合い話が出たときに話しただろ?」

 そう言って兄は微笑む。
 その事実に驚いたが、私は結婚前の見合い話のときのことを思い出して、う……と言葉に詰まった。

 壮一のことばかり考えていて、正直、兄の話なんてほとんど耳に入っていなかったのだ。

「ごめん。実はあの時、兄さんの話、ほとんど覚えてないの。ぼんやりしちゃってたし、正直、どんな人でも結婚しようなんて思ってて」
「お前ねぇ」
「ごめんなさい。でも柑士さん、ほんとうにおじいちゃんのベーカリーに来てたの?」

 私が聞くと、兄は頷く。

「あぁ。柑士は大学からもうアメリカだったけど、それまでよく来てた。俺も学校は違ったが、顔を合わせば話はした。じいちゃんが亡くなったときもアメリカにいたが、ずっと気にしてくれてたよ」

 祖父が亡くなったのは私が高校生のころ。
 私はそこからぽっかり穴が開いたようになって、大好きだったパンを作ることも一切しなくなった。

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