怜悧なCEOの恋情が溢れて、愛に囲われる政略結婚【マカロン文庫溺甘シリーズ2023】
 メールが来ていたことも束縒には伝えていない。
 私は会うつもりはないし、メールは一度きりでその後は途絶えているので、わざわざ束縒に心配の種を植えつけなくてもいいと思ったから。

 もう連絡は来ないだろう。きっと憲一朗さんも私の気持ちが完全に離れていると理解したのだ。
 そんなふうに安直に考えたこのときの私は楽観的すぎたと思う。

 驚いたのはそのニュースを目にした一ヶ月後だった。
 年が明けた一月、仕事中に再び憲一朗さんからメールが来た。


『どうしても会ってほしい。連絡をもらえないだろうか?』


 その文面を見た瞬間、反射的に画面を閉じてしまったが、ここまでくれば私がはっきりと自分の意思を伝えなければ(らち)が明かない。
 ずっと無視を続けていてもモヤモヤするだけなので、私は返信をすることにした。


『お久しぶりです。正直、あなたにはもう会いたくありません。なので連絡はしないでください』


 送信済みの文章を読み返してみれば、ずいぶんと冷たい言葉の羅列だ。
 だけど私の気持ちをしっかりと表し、なおかつ憲一朗さんから連絡が来ないようにするには、これくらい辛辣でちょうどいいのかもしれない。


「九住さん、出かけてきますね。十七時ごろに戻るつもりです」


 九住さんに声をかけて会社をあとにした。
 商談でアポを取っている企業に向かうために、大通りでタクシーを拾う。
 私は仕事に集中することで、憲一朗さんからのメールを頭から消し去ろうとしていた。

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