異世界にタワマンを! 奴隷少年の下剋上な国づくり ~宇宙最強娘と純真少年の奇想天外な挑戦~

1-11. ケーキだよ、ケーキ!

 せっかくなので、二人は王女に会いに王宮へ向かった。

 気持ちのいい石畳の道を二人で歩く。

「ジュルダンのアヒル、面白かったね」

 レオがニコニコしながら言うと、

「ずっとあのままでも良かったのに」

 と、シアンはやや不満げに言う。

「まぁまぁ……、あっ! そう言えばシアンが出してた金貨千枚、そのままじゃない?」

 レオが気が付いて青い顔をする。

「えっ!? あ、そう言えば……」

 シアンはハッとしてレオを見る。

「取りに戻ろう!」

 立ち止まってレオが言う。

「んー、まぁ、屋根ぶっ壊しちゃったし、レオをここまで育ててくれたんだから、置き土産でいいよ」

 シアンはそう言ってニッコリと笑った。

「え? 千枚だよ、千枚。家が一軒買えちゃうよ?」

「ふふっ、悪いことできなくなったから、更生資金にも使ってもらえばいいんじゃないかな?」

「シアンは太っ腹だなぁ……」

「そもそもお金なんて大したものじゃないんだよ」

 シアンは軽く言う。

「僕には大したものだけどね……」

 レオはそう言って首を振り、ため息をついた。

「国を作るんだから、レオはお金を作る立場になるんだよ。もっと視野を広げなきゃ」

「えっ!? そ、そう言えば……。お金ってどうやって作るんだろう」

 レオは考え込んでしまった。

「こうやって作るのさ」

 そう言うとシアンは空中からジャラジャラと金貨を出して、一つをレオに渡した。見ると、金貨の表面にはレオの横顔がち密に彫ってあった。

「な、何これ!?」

 ビックリするレオ。

「お金とはただの信用だよ。みんながお金だと思えばなんだっていいんだよ」

「うーん、難しいなぁ……」

「レオは分かんなくていいよ。分かる人を見つけようよ」

 シアンはそう言って優しく微笑んだ。

「財務大臣……候補だね」

「そうそう、レオは信頼できそうな人を口説くだけでいいよ」

「うーん、できるかなぁ……。まぁ、やるしかないんだよね……。頑張ってみるよ」

 レオはそう言って微笑んだ。



      ◇



 遠くに王宮が見えてきた。豪奢な装飾のついた鉄のフェンスが広大な屋敷を囲い、中には赤、白、ピンクのバラが咲き誇る美しい庭園が見える。

 レオがいきなり止まって言った。

「あっ、僕、こんな服で来ちゃった……」

「服なんて何でもいいんじゃない?」

 シアンは興味無下げに言う。

「いやいや、王宮にこんな奴隷の服じゃ入れないよ、困ったなぁ……」

「じゃあ、こうしよう」

 シアンは両手をレオの方に向けて何かブツブツつぶやいた。



 ボン!



 爆発音がして、レオの服が濃紺のジャケットにボーダーのトップスになった。

「えっ!? あ、ありがとう……、でも不思議な服だね……」

 レオは初めて見るタイプの服に戸惑う。

「ユニクロで見繕ってみたよ」

「ユニクロ……?」

「僕が生まれた星の服屋さんだよ」

 シアンはニコニコして言った。

「あー、違う星の服……なんだね……」

 レオはこんな服で王宮に入っていいものかどうか悩んだが、奴隷の服よりはマシだと思いなおした。



        ◇



 門まで来ると、衛兵が槍を持って立っていた。

 レオは事情を説明すると、しばらくして初老の男性が迎えに現れた。

 男性は二人の服装を見て一瞬固まったが、

「こ、こちらでございます」

 そう言って、うやうやしく二人を応接室まで案内してくれた。



 パールホワイトを基調とした王宮は豪華絢爛なつくりで、あちこちに彫刻が彫られ、金の装飾が施されている。



 陽の光が差し込む明るい応接室には大きなテーブルがあり、小さなケーキがたくさん並べられたトレーがいくつか並んでいた。

「お、ケーキだよ、ケーキ!」

 シアンはうれしそうに言う。

 レオは緊張して頬をこわばらせながら、男性の引く椅子に腰かけた。



 ティーカップが用意され、メイドがそれぞれお茶を注いでいく。



「食べていいのかな?」

 シアンがソワソワしながらうれしそうにレオに聞く。

「ダメだよ! オディーヌ待たないと!」

「え――――」

 シアンは口をとがらせ、レオをジト目で見た。



















1-12. クリーム王子



 ほどなくしてオディーヌが現れる。

「レオにシアン、来てくれてありがとう」

 オディーヌはニッコリと微笑む。

「いえいえ、お招きありがとうございます」

 レオがそう言うと、シアンは、

「これ食べていい?」

 と、さっそく食い意地を優先させた。

「も、もちろん、どうぞ」

 引き気味のオディーヌ。

「どれにしようかなぁ……」

 そう言いながらシアンは、取り皿にいろんな種類のケーキを山盛りに盛った。

「いただきまーす!」

 そう言うとフォークで刺してパクパクと食べ始めた。そして、

「うま~っ!」

 と、目をつぶり、幸せそうな表情を浮かべる。

 その豪快な食べっぷりにレオもオディーヌも圧倒された。

「あれ? 食べないの?」

 シアンは口の周りにクリームをつけたままレオに聞く。

「た、食べるよ」

 苦笑いするレオ。

 レオは小さなショートケーキを一つとって食べ、

「うわっ! すごい美味しいね!」

 と、言って笑った。

「どうぞたくさん召し上がれ」

 オディーヌはうれしそうに言う。



     ◇



 ガチャ!



 いきなりドアが開いた。

 豪奢な装飾が施された服を身にまとった若い男が入ってくる。

「お、お兄様! どうされたんですか?」

 オディーヌは驚く。王子が来るなんて話は聞いていなかったのだ。



 王子は仏頂面で室内を見回し、ケーキをパクついているシアンを見ると、近づいた。



「おい、お前だな。怪しい魔法を使う魔女というのは?」

 王子は顔をのぞき込むようにして言った。

 シアンはチラッと王子を見て、

「僕は魔女じゃないよ、シアンだよ」

 そう言うと、王子を無視してフォークでケーキを刺して食べようとした。



「無礼者!」

 王子はフォークのケーキをはたき落とした。

 点々と床を転がるケーキ。



 凍り付くレオとオディーヌ……。

 二人にとって超人的な力を持つシアンを怒らせることは、もはや恐怖でしかなかった。



 シアンは、バン! とテーブルを叩きながら立ち上がる。

 ティーカップが転がり、紅茶がポタポタとテーブルからしたたった。



 そしてシアンは全身からブワッと漆黒のオーラを噴き出すと、燃えるような紅蓮の瞳を輝かせ王子をにらんだ。

 王子は気圧され、後ずさりし、腰の剣に手をかけながら(わめ)く。

「な、なにをする気だ! 俺は王位継承順位一位の王族だぞ! 不敬罪だ! 犯罪だ!」



 しかし、シアンは怒りをあらわにしながらフォークを王子に突きつけ、にじり寄る。



 オディーヌは立ち上がって叫んだ。

「お兄様! ダメ! 彼女は王族とか法律とか超えた存在なの。謝って!」

 シアンの漆黒のオーラが部屋中を暴れまわり、カーテンがバタバタと暴れ、花瓶が倒れた。

「あ、謝るだと! なぜ俺が謝らねばならんのだ! ふざけんな!」

 テンパった王子はそう言うと剣を抜く。

 しかし、シアンは表情一つ変えず真紅に瞳を輝かせながら王子に迫る。王子は気圧され後ずさりしたが、部屋の隅に追い詰められ、

「くっ! 無礼者め!」

 そう言うとシアンに斬りかかった。

 王子の剣は鋭い軌道を描いて一瞬でシアンに迫る。だが、シアンは表情一つ変えることなく、指先で持ったフォークでこともなげに受け止めた。

「へっ!?」

 焦る王子。

 シアンはもう片方の手を転がってるショートケーキの方にむけると、ふわりと浮き上がらせる。そして次の瞬間、ケーキが王子の顔に向かってすっ飛んでいき、パンッ! と顔面をクリームだらけにして王子を吹き飛ばした。

「ぐはぁ!」

 無様に転がる王子。

 そしてそれを、仁王立ちしながら見下ろすシアン。

 レオもオディーヌもあまりの事に言葉を失っていた。



 王子はゆっくりと起き上がり、顔のクリームをハンカチで拭きながら喚く。

「き、貴様、俺にこんなことしてただで済むと思ってんのか?」

「食べ物を粗末にしちゃダメって教わらなかったの?」

 シアンは王子をにらんで言った。

「ケーキ一つで大げさな!」

「ふぅん、あんたケーキ作れるの?」

「えっ!? お、俺はケーキ作るのが仕事じゃないし……」

「できないのね? なら謝りなさい! ケーキに、作ってくれたパティシエに!」

 王子は反論できずプルプルと震え、

「ふざけんな! 覚えてろよ!」

 そう喚くと部屋を飛び出していった。





















1-13. 王女をヘッドハント



 シアンは、ふぅ、と息をつくと、オーラを引っ込め、瞳も水色に戻った。



「王子様怒らせちゃってマズくないですか?」

 レオが心配になってオディーヌに聞く。

「うーん、今のはお兄様の方が問題だけど、王族はプライドを優先させる存在だから……面倒な事になるかも……」

「シアン、じゃあ、お(いとま)してドラゴンの所へ行こうか?」

「えっ!? まだケーキ食べ終わってないのに!?」

 シアンはケーキを皿に盛りなおしながら言う。

「ちょっとまって!? あなたたちドラゴンの所へ行くの!?」

 オディーヌは可愛い目を大きく開いた。

「うん、僕たち二人で奴隷や貧困のない『自由の国』を作るんだけど、どこに作ったらいいかドラゴンに聞こうと思ってるんだ」

 レオはニコニコして言う。

「自由の国にドラゴン!? あなた達本当にとんでもない人たちね!」

 オディーヌは目を輝かせて興奮気味に言った。

「僕は物心ついた時にはもう奴隷だったんだ。朝から晩まで働かされ、理不尽な暴力を受け続けてきたの。僕だけじゃない。街外れには浮浪児が溢れてるし、こんなのはおかしいんだよ」

 レオはゆっくり首を振る。

「そ、そうね……。ごめんなさい、そうなってしまっているのは私たち王族の問題でもあるわ……。」

 オディーヌは痛い所を突かれたように焦りながら答えた。

「僕はその辺、良く分からないけど、苦しい人、困ってる人を集めて、みんなが笑顔で暮らせる場所を作っちゃえばいいんじゃないかって思うんだ」

「そんなこと……、できるの?」

「だってこの国だって奴隷たちが支えてるでしょ? だったら奴隷たちだけで国作ったら今より良く回るよね?」

「……」

 オディーヌは圧倒され、言葉を失った。『支配階級は搾取しかしてない』という批判ともとれる言葉に返す言葉が無かったのだ。

「シアン、そうだよね?」

「コンセプトはその通りだし、インフラは僕が作ってあげる。後はルールを決め、オペレーションを具体化する仲間集めだよね」

 シアンはケーキをつつきながら言った。

「オディーヌも一緒にやらない?」

 レオはニコッと笑って聞いた。

「えっ!? わ、私!?」

 焦るオディーヌ。

 それを見てシアンは笑った。

「レオ、君はすごいな。王族をヘッドハントしようなんて普通思いつかないよ」

「だって、なんだかオディーヌは窮屈そうなんだもん。楽しいこと一緒にやろうよ」

 レオは澄んだ瞳で淡々と口説く。

「そ、そうね……。確かに王族の暮らしは窮屈よ。しきたりに儀式、それからマナー、マナー、マナー。そして私の王位継承順位なんて下の方だし、どうせ政略結婚させられるんだわ……」

 オディーヌは苦々しい顔をしてうつむいた。

「なら、一緒に行こうよ」

 レオはそう言って右手を差し出した。

「……」

 オディーヌはその手をジッと見つめる。

 そして、目をつぶり、大きく息をつく……。

「後ろ盾は……、シアンとドラゴン……ってことよね?」

「そう、世界最強だよ」

「軍事はOKってことよね? 経済は?」

 オディーヌが聞くと、シアンは手をフニフニを動かした。

 ドシャー! と大量の金貨がテーブルの上に落ちてきて、シアンはドヤ顔でオディーヌを見る。

 オディーヌは言葉を失い、ただ、金貨の山を見つめていた。

「それに……、申し訳ないんだけど、もうオディーヌも関係者なんだ」

 レオはオズオズと切り出した。

「え?」

「この国づくりが失敗すると、この国もこの星も消えちゃうんだ」

「へっ!?」

 唖然とするオディーヌ。

「ゴメンね。でも、奴隷や貧困を放置していたのはみんなの責任だから、みんなの問題かなって思うんだ」

「消えちゃうって、誰が消すの?」

 レオは申し訳なさそうに、ケーキをパクついているシアンを指さす。

 オディーヌは大きく目を見開いてシアンを見て……、そして、ガックリとうなだれた。

「ゴメンね。だからオディーヌにも協力して欲しいんだ。そしたら成功できる気がするんだ」

 レオはゆっくりと丁寧に言った。

 オディーヌは大きく息をつき……、そして、いきなり両手でテーブルをバン! と叩いた。

 そして、レオをキッとにらんで言った。

「いいわ! 今日、シアンには助けられたし、貧困を放置してたのは確かに王族の問題だわ。やるわよ。何やったらいいの?」

「ありがとう!」

 レオはもう一度右手を出し、オディーヌは一瞬苦笑して、そして、レオの目をしっかりと見ながらガッシリとその手を握った。

 シアンはケーキを口いっぱいにほお張って、モグモグとさせながら二人の握手をうれしそうに見ていた。























1-14. 騎士こん棒



「オディーヌは何が得意?」

「そうね……。国際情勢や外交の情報持ってるし、本もたくさん読んできたわよ」

「それは頼もしいなぁ。お金の仕組みも分かる?」

「経済学ね、ちゃんと勉強したわよ! 銀行に証券に信用創造……」

「うわぁ、それはすごいね。シアン、どうかな?」

 ケーキをパクついていたシアンは、

「うん、外交と財務担当かな? 王様にはどう説明する?」

 そう言ってオディーヌを見る。

「うーん、こういうのはどうかしら? ドラゴンの領地に我が国ニーザリを代表して研修に行くって形にするの」

「なるほど、研修ね。いいかも」

「じゃあ、財務大臣と外務大臣はオディーヌね。よろしく!」

 レオはうれしそうに言った。



         ◇



 ドタドタドタと、廊下の方から足音が響いてきた。

 レオとオディーヌは顔を見合わせて不安な表情を浮かべる。



 バーンとドアが開き、王子が戻ってきた。今度は騎士団一行を連れてやってきたのだ。



「王族を侮辱する魔女め! ニーザリ最高の剣士を連れて来た。成敗してやる!」

 ドヤ顔の王子。

 シアンはそんな言葉を無視し、ひたすらケーキを楽しんでいる。

 王子は、隣の鎧を着こんだアラフォーの剣士とアイコンタクトを取ると、剣士が前に出てきた。

「お嬢さん、お手合わせをお願いします……」

 シアンはチラッと剣士の方を見て、

「ふぅん、勝負するんだ?」

 そう言うと、立ち上がり、フォークで刺したケーキをパクッと食べ、ニヤッと笑って見せた。そして、フォークを指先でクルクルっと回し、

「どこからでもどうぞ」

 そう言ってうれしそうに笑った。

「お嬢さん……、剣は?」

 剣士は怪訝(けげん)そうに聞いてくる。

「僕はこれで十分」

 そう言ってフォークを指先でピン! と弾き、空中をクルクルと回転させると親指と人差し指でつまみ、剣士に向けた。

 剣士はバカにされたとムッとし、剣をスラっと抜いて構える。

 ニコニコしてフォークを構えるシアン、全身に気合を(みなぎ)らせ中段に構える剣士……。

 部屋中に緊迫した空気が満ちる。

 剣士は細かく剣をゆらし、タイミングを計る。シアンはそれに合わせて指先で持ったフォークをまるで指揮者のようにゆらす……。

 レオもオディーヌも手に汗を握って推移を見守った。



 すると、剣士は脂汗をたらたらと流し始める。

「どうした! 何やってる!」

 王子が喚く。

「くっ!」

 剣士がそう言いながら軽くステップを踏み始める。

 シアンはフォークを振りながら、ニコニコとうれしそうにそれを見ていた。



 しかし、剣士は斬り込む事が出来なかった。シアンのフォークの動きが剣士の剣の動きに完全にシンクロしていたのだ。フェイクを入れてもフェイントを入れても遅れることなくついてくる……。

 人間は腕を動かそうと思ってから筋肉が反応するまで百分の五秒かかる。動きを見て、判断して、合わせようと思ったらもっと遅れる。にもかかわらず、全く遅れることなく完全にシンクロしている。シアンが剣士の動きを事前に読んでいるとしか思えなかった。そして、そんなことができるとしたら……それはもはや人間ではないし、とても勝てるような相手じゃないのだ。



 やがて剣士は汗びっしょりになり、剣を下ろし、頭を下げて言った。

「参りました……」

 シアンはそれを聞くとうれしそうにうなずいた。



「おい! お前! ふざけんなよ! 何もやってないじゃないか!」

 王子は剣士を叱責(しっせき)する。

「彼女は私の動きをすべて見切っています。とても人間技には思えません。少なくとも人では勝てません」

 剣士はそう言うとうなだれた。

「もういい! お前ら一斉に斬りかかれ!」

 王子は周りの騎士に命令した。

 レオとオディーヌは真っ青になって逃げ、五、六人の鎧をまとった騎士たちは一気にシアンに斬りかかる。

 シアンはニヤッと笑い、先頭の騎士の足元に素早く滑り込んで斬撃をかわすと、足首をガシッと持って持ち上げる。

「うわぁ!」

 喚く騎士。

 あまりにも異様な出来事に騎士たちの動きが止まる。すると、シアンはつかんだ騎士をまるでこん棒のように振り回した。

「ぐわぁ!」「ひぃ!」「やめろぉぉ!」

 阿鼻叫喚となる室内。

 ブウンと振り回され打ち付けてくる騎士に、後続の騎士たちはかわす間もなく打ち倒されていった。

















1-15. ドラゴン大暴れ



「きゃははは!」

 シアンはうれしそうに笑いながら、騎士をブンブンと振り回し王子に迫った。

「ひぃ!」

 真っ青になってしゃがみこむ王子だったが、あえなく騎士をぶち当てられて、

「うぎゃぁ!」

 と喚きながらゴロゴロと転がった。

 シアンはそれを見ると満足げに騎士をポーンと放り投げた。そして、腰に手を置き、ドヤ顔で

「悪い子にはお仕置き! きゃははは!」

 と、満足そうに笑った。

 しかし、シアンは振り返ると、滅茶苦茶になったテーブルの上を見て(あお)ざめる。

 ケーキは騎士を振り回した時に全部吹き飛ばされてしまっていたのだ。

「やっちゃった……」

 と言うとシアンは、唖然とした表情で固まる。そして、

「あ、あぁ……」

 と声にならない声を出しながらひざからガックリと崩れた。



        ◇



「これは何事だ!」

 いきなり入ってきた男が叫んだ。男は金をあしらった豪奢な服をまとって威厳のある表情で睥睨(へいげい)した。

 オディーヌは駆け寄って、釈明する。

「お、お父様! これには訳が……」

 その男は王様であった。

 剣士も王様に近づいてひざまずいて言った。

「若様を(いさ)められませんでした。申し訳ございません」



 事情を聞いた王様は、部屋の隅で痛そうにしてうずくまっている王子に声をかけた。

「お前が仕掛けてやられたのか?」

「だ、だって、あの女無礼なんだもん……」

 王様は深く息をついて首を振ると、おつきの部下に対処を指示し、シアンの所へ行った。

「愚息がご迷惑をおかけしたようで申し訳ない」

 そう言って王様はシアンに頭を下げた。

「僕もケーキダメにしちゃった。ごめんなさい」

 シアンもしょんぼりして謝る。

「ケーキなら新しいのを用意させよう。ちょっと話を聞かせてもらえないか?」

「え? いいの? ありがとう!」

 シアンはうれしそうに答えた。



        ◇



 レオ達は別の応接室に案内され王様とのお茶会となった。



「君たちはドラゴンの所へ行くんだって?」

 王様が聞いてくる。

「はい、シアンが案内してくれるんです」

 レオがちょっと緊張した面持ちで答える。

「ドラゴンはなかなか我々の前には姿を現してくれない。なぜ、君たちは会えるのかな?」

 王様は鋭い視線を投げかけてくる。

 シアンは、ケーキを美味しそうに食べながら言う。

「ドラゴンは僕の友達なんだ」

「友達……。君は何者なのかね?」

「僕はシアンだよ! きゃははは!」

 うれしそうに笑うシアン。

「お友達なら……、呼んだら来てもらうこともできるかね?」

「いいよ! 今、呼ぼうか?」

 シアンはケーキを頬張りながら言った。

「えっ? それはぜひ!」

 王様は興奮ぎみに言う。

「でも……。この部屋に呼んだら建物壊れちゃうね……」

 そう言ってシアンは部屋を見回した。

「中庭ならどうかな?」

 王様は窓の外を指さす。

「うんうん、じゃあ、呼んでみよう!」

 シアンはそう言って立ち上がって、フォークを掲げた。



       ◇



 中庭へ移動すると、そこには赤白ピンクのバラが咲き乱れた庭園があり、真ん中には東屋(あずまや)が建っていた。すでに陽は傾き始め、長い影が伸びている。

 シアンは目をつぶって何かをぶつぶつとつぶやき、両手を顔の高さでフニフニと動かす。そして、

「レヴィア! カモーン!」

 と、叫んだ。



 すると、ボン! と、爆発が起こり中庭を煙が覆う。やがて煙が晴れていくと、上空に巨大な黒い影が現れた。

 それは厳ついウロコに覆われた巨大な恐竜のような生き物で、背中には大きな羽が生え、手には巨大な鋭い爪が光っている。

 ドラゴンは辺りを見回すと、

「誰じゃいきなり! 失礼極まりないわ――――!」

 と、叫ぶと、口から真紅の豪炎を噴き出した。

「うわぁ!」「キャ――――!」

 悲鳴が上がり、美しかったバラ園はあっという間に炎に包まれる。

「た、たすけて――――!」「逃げろぉ!」

 王宮は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

 ドラゴンは怒り狂い、グギャァァァァ! と、身体の底に響く激しい重低音で咆哮(ほうこう)を放つ。

 バラ園は焼け野原となり、東屋も焼け落ちていく。

()れものが――――!」

 ドラゴンは王宮中に響く恐ろしい声で叫ぶ。

 王宮中大騒ぎとなった。

















1-16. 金髪のドラゴン



 すると、シアンが前に出て、

「やぁ、レヴィア、久しぶり。元気そうだね」

 と、ニコニコしながらドラゴンに声をかけた。

「ぬっ!」

 レヴィアと呼ばれたドラゴンは、シアンを見つめる。

「僕だよ」

 シアンはにこやかに言う。

 

 するとレヴィアは急に恐縮した声で、

「こ、これはシアン様! お呼びになられたのはシアン様でしたか! これは大変に失礼をいたしました……」

 そう言って目をつぶり、急いで頭を下げた。

「うんうん、ゴメンね、急に呼んじゃってね」

「いえいえ、いつでもどこでも呼んでくださって構いません! 光栄です!」

 レヴィアは必死に答える。

「ここの王様がね、レヴィアに会いたいんだって」

 そう言ってシアンは王様を紹介した。

 王様は恐る恐る前に出て、

「ここ、ニーザリの王をやっている者です。ドラゴン様にお会いできて光栄です」

 そう言ってうやうやしく頭を下げた。

「あ、ああ……。そう、王様……」

 レヴィアはちょっと事情がのみ込めない様子だった。

「実は王家の守り神としてドラゴン様に後ろ盾になって欲しくてですね……」

 王様は必死に営業する。

「あー、悪いが、我はどこかの国に肩入れする事はできんのじゃよ」

 レヴィアはそう言って首を振る。

「そ、そうですか……」

 残念がる王様。

 すると、オディーヌが駆け寄って言う。

「初めまして、私はこの国の王女です。私とお友達になって下さらないかしら?」

「と、友達?」

 レヴィアは困惑する。

 するとシアンはニコニコしながら言った。

「あ、それいいね! そうしよう! レヴィアとオディーヌは友達! 王様、いいでしょ?」

「わ、私はそれは喜ばしいことだと……思います」

 意図をつかみかねる王様は首を傾げつつ言った。

「で、お友達の所に研修に行くっていうのもいいよね?」

 シアンは畳みかける。

「け、研修!?」「へっ!?」

 王様とレヴィアは同時に驚く。

「そう、私、ニーザリ王国を代表してレヴィア様の所で研修したいんです! いいでしょ、お父様!」

 オディーヌはここぞとばかりに王様にプッシュした。

「え? お前、行きたいのか?」

 驚く王様。

「ぜひ、お許しください!」

 オディーヌは王様の手を取ってせがんだ。

「お、お前が行きたいなら……、いいが……」

「ありがとう! お父様!」

 そう言ってオディーヌは王様の頬にキスをした。



 レヴィアはシアンに小声で聞く。

「研修って、何をすればよろしいのでしょうか?」

「大丈夫、大丈夫。僕も付いて行くからね」

「えっ!? シアン様も!?」

 レヴィアの厳ついウロコの額に冷や汗が見えるようだった。

「ちょっと作戦練るからさ、君も人型になってよ」

 シアンがそう言うと、

「わかりました……」

 そう言って、ボン! という破裂音と共に女子中学生のような金髪おかっぱの女の子が現れた。サリーのようなアイボリーの布を身にまとった彼女は、

「よ、よろしくなのじゃ」

 と、可愛い声で照れながら言った。

 みんなそのあまりの容姿の変わりように絶句する。

「ね、可愛いでしょ?」

 シアンはレオにウインクをした。

「なんだか……、ギャップがすごいね……」

 レオは困惑しながらそう言った。



「じゃあ、レヴィア! 作戦会議やるから酒でも飲めるところ行こうよ!」

 シアンはニコニコしながらレヴィアに言う。

「え? どこ行くんですか?」

 金髪おかっぱの女の子はビビりながら聞く。

「僕、この星知らないからさ、レヴィアの行きつけの店行こうよ!」

「えっ? 行きつけ……ですか……?」

「何? 何か困るの?」

 シアンが顔はにこやかなまま鋭い視線でにらむ。

「あ、いやいや、行きましょう! 王都にいい店があるんです!」

「じゃ、ヨロシク!」

 シアンはそう言ってレヴィアの背中をバンバンと叩いた。

 レヴィアは苦笑いを浮かべながら、指先を空中でシュッと一直線に動かす。すると、空間の裂け目ができ、レヴィアはそれを両手で広げた。そこには別の街の風景が展開している……。
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