異世界にタワマンを! 奴隷少年の下剋上な国づくり ~宇宙最強娘と純真少年の奇想天外な挑戦~
2章 難度高すぎる挑戦
2-1. 十六歳の旅立ち
「えっ!? 何これすごい!」
レオが驚きの声を上げる。
「向こうは王都じゃ、通ってごらん」
レヴィアは優しく言う。
レオはオディーヌに声をかける。
「本当にいく? やめるなら今だよ」
「うふふっ、いきなりこんな魔法すごいわ! これよ! こういうチャンスを私は待っていたのよ!」
オディーヌは興奮してそう言うとレオの手を取った。しかし、その手はかすかに震えていて、レオは心配そうにオディーヌを見た。
オディーヌは王様に向かって、
「お父様、それでは行ってきます。詳細が決まったらお手紙書くわね」
「えっ!? もう行っちゃうのか? 準備は?」
王様はオロオロして言う。
「お父様、チャンスの女神には前髪しかないのよ。来た瞬間につかめなかったら二度とつかめないわ!」
オディーヌは自分に言い聞かせるようにそう言って、レオの手を引いて一番に裂け目をくぐって行った。
それは十六歳のオディーヌにとって、生まれて初めて自ら選び取った未来であり、親の庇護を離れる親離れであった。
「あぁ……、オディーヌ……」
うろたえる王様にシアンは、
「大丈夫、僕が見ておくからさ」
そう言ってニッコリと笑う。
レヴィアは、
「シアン様が大丈夫と言ったら、なんでも大丈夫じゃ。たとえ死んでも生き返るくらい大丈夫じゃ」
そう言って王様の背中をパンパンと叩く。
王様はうなだれてゆっくりと首を振った。
◇
四人で王都の街を歩き、にぎやかなレストランまでやってきた。
「シ、シアン様、ここではいかがですか?」
レヴィアは緊張しながら言う。
「ちゃんと美味しいんだろうね?」
シアンは微笑みをたたえたまま目を光らせて聞いた。
「お、王都ではここが一番かと……」
レヴィアは冷や汗をかきながらそう言うと、テラス席に陣取ってみんなを座らせる。
そして、
「おかみさーん!」
と、店の中に声をかけた。
すると、小太りのおばさんが伝票を片手に出てきて、
「おや、レヴィちゃん、人連れてくるなんて珍しいねぇ、お友達かい?」
そう言ってみんなを見回した。
「何? レヴィアいつもボッチなの? プククク……」
そう言ってシアンは冷やかした。
「だから嫌だったんですよぉ……」
ガックリとするレヴィア。
「レヴィちゃんお友達紹介してよぉ」
おかみさんはうれしそうにせっつく。
「このお方は我の上司? シアン様、そして子供二人は……誰だっけ?」
レヴィアは説明に詰まる。するとシアンがレオを指し、
「彼が王様で、彼女が外務大臣、僕が防衛大臣で、レヴィが国務大臣だよ」
と、うれしそうに言った。
「うわぁ、楽しそうねぇ」
おかみさんはそう言って笑顔を見せた。
◇
ほどなくして飲み物が出てきたが、レヴィアにだけ酒樽がどんと置かれた。
「ちょっと何? それ?」
シアンが真顔で突っ込む。
「あ、我はいつもこれなんです……」
レヴィアは小さくなりながら言う。
「これから大事な話するの! その樽は僕によこしなさい!」
シアンはそう言って酒樽を奪ってパーン! と上のフタを割った。
「それでは、素晴らしい出会いにカンパーイ!」
シアンはそう言うと、うれしそうに酒樽をゴツゴツとみんなの木製のジョッキにぶつけた。
そして、酒樽を持ち上げると、傾けながらゴクゴクとエールを飲み始める。
みんながじーっと見つめる中、どんどんと樽を傾けていき……、あっという間に全部飲み干してしまった。
「クーッ! 美味い!」
目をぎゅっとつぶりながら言い放つシアン。そして、
「おかみさーん! 樽をおかわりー!」
と、叫んだ。
みんなはお互いの顔を見合わせて、困惑の表情を浮かべる。
「あのぉ、大事な話というのは?」
レヴィアが恐る恐る聞く。
「え? 何だっけ? レオ、ちょっと説明して!」
すっかり赤ら顔になったシアンは、うれしそうにレオに振った。
2-2. 欲望の生き物
レオはいきなり振られ、せき込んだが、丁寧に話し始めた。
「えーとですね、僕たちで新しい国を作ろうと思うんです」
「さっきの何とか大臣とかの話か?」
レヴィアは眉間にしわを寄せる。
「そうです、そうです。奴隷や貧困のない自由な国をですね、作りたいんです。それで、どこに作ったらいいかレヴィア様にお伺いしたいんです」
「自由な国? そりゃまた難易度の高い話じゃのう……。お主、その難しさを分かっとるか?」
「僕には分かりません。だから、分かる人に教えてもらいたいんです。レヴィア様、ぜひ、教えてください!」
レオはそう言ってまっすぐにレヴィアを見た。
レヴィアはどう答えていいかちょっと悩む。するとシアンが、
「国づくりに失敗したら、この星消す契約になってるんだ」
と、嬉しそうに言った。
「えっ!? ちょっ!? マジですか!?」
レヴィアはびっくりして立ち上がる。
「マジもマジ、大マジよ! ね、レオ?」
そう言って赤い顔でにこやかにレオを見るシアン。
「はい、そういうお話になってます」
レオはニコニコして言った。
「いや、ちょっと……、えぇっ!?」
レヴィアは困惑して頭を抱える。そして、レオを見ると、
「お主……、やってくれたな……」
そう言いながらガックリと崩れ落ちた。
「いいじゃん、手伝ってやんなよ!」
やや絡み酒となってシアンが叫ぶ。
「は、はい……。消されたら……困ります……」
レヴィアは目をつぶったまま、そうつぶやいた。
「それに、レヴィアにも手伝ってやる理由あるんだよ」
そう言ってシアンはジト目でレヴィアを見た。
「へ?」
レヴィアは改めてレオをジッと見て、少し驚くと、目を閉じて大きく息をつき、ゆっくりとうなずいた。
「なんで自由な国は難易度高いんですか?」
レオは改めてレヴィアに聞く。
レヴィアはうんうんとうなずくと、丁寧に説明を始めた。
「人間は欲望の生き物じゃ。国は国民の欲望が生み出すエネルギーを使って産業を起こし、社会を回し、欲望に合わせた社会制度を整備し、人々をまとめ上げるのじゃ。そして、欲望ベースじゃから権力の勾配や富の勾配が前提として社会に組み込まれる。それは根源的に奴隷や貧困を生む構造となっておる。つまり、奴隷や貧困のないエコシステムを作るには欲望ではない別の力学を用いて、平等の概念を国民全員が持ちながら社会を回さねばならん。これには国民全員の高度な教育が大前提じゃ。さらに、権力者からの富の分離など、ありとあらゆる工夫が必要なのじゃ」
レヴィアは肩をすくめる。
「そういう社会を実現した例はあるんですか?」
オディーヌは身を乗り出して聞いてくる。
「この星には無い。じゃが、別の星で実現した例はある。ただ……、それでもなかなか貧困はゼロにはできんのじゃ。これは人の業じゃな」
レヴィアはそう言って首を振る。
「じゃあ、僕たちが実現しようよ!」
レオはうれしそうに言う。
「いや、お主、聞いとったか? と――――っても難しいんじゃぞ?」
「でも、不可能じゃないよね?」
レオはニコニコして言う。
レヴィアは目をつぶって動かなくなった。
「はい、おかわりよー」
おかみさんが二つ目の樽を持ってきて、シアンの前にドスンと置いた。
「キタ――――ッ!」
シアンはうれしそうにそう言うと、また上のフタをパーン! と割った。
そして、レヴィアを見ながら、
「レヴィアさー、もっと前向きに手伝った方がいいと思うよ。この星消えちゃうよ?」
そう言って、また樽を持ち上げると傾けて飲み始めた。
レヴィアは片目をそっと開けて、ゴクゴクとおいしそうにエールを飲むシアンを見つめ、
「おかみさーん! 我にも樽じゃ――――!」
と、叫んだ。
2-3. 王都解放戦線
すっかり酔って、調子に乗ってきたレヴィアは、肉に豪快にかぶりつきながらレオに聞いた。
「で、人口は何人にするんじゃ?」
「えっ? ニーザリと同じくらい……かな?」
そう言ってオディーヌをチラッと見た。
「ニーザリは登録市民が約七万三千人です。奴隷や未登録者を入れると十万人くらいかと……」
オディーヌは丁寧に説明する。
「ほほう、お主、凄いな。確かにあんなところで王女にしておくのはもったいないのう」
そう言ってレヴィアはニヤッと笑った。
「十万人なら……、そうじゃな、ワシの家の東側の山地をならして平地にしたら入るじゃろう」
「それ、どこ?」
すっかり酔っぱらって眠そうなシアンが聞いてくる。
「ここから南西に五百キロくらいの……」
「あー、宮崎ね」
そう言ってシアンはあくびをした。
「ミヤザキ……、ですか?」
オディーヌは怪訝そうな顔をして聞く。
「あー、シアン様の星ではそう呼ぶんじゃよ」
「台風がたくさん来るけど暖かくていい所だよ」
シアンが横から言う。
「た、台風……。大丈夫なの?」
レオは不安げに聞いた。
「ワハハ、単に風が強いだけじゃ。すぐに慣れる」
「はぁ……、でそのミヤザキの山をならす……ってことですか?」
「そうじゃ、十キロ四方程度をならして、出た土砂で海に人工島を作る」
「え!? そんなことできるんですか!?」
「このくらいシアン様なら一瞬じゃよ」
「レヴィア、よろしく」
シアンは眠そうに、うつらうつらしながら言う。
「えっ? シアン様も手伝ってくださいよぉ」
懇願するレヴィア。
「星消す方が簡単なんだよね……」
そう言ってシアンはあくびをした。
「……。わかりました……。とほほほ」
と、その時だった。いきなりシアンとレヴィアはカッと目を見開くと、それぞれ通りの方に素早く腕を掲げ、何かをつぶやいた。
金色の魔法陣が二つ、空中にブワッと展開され、その直後何かが通りで爆発する。耳をつんざく爆発音が街中に響き、辺りのものがことごとく破壊されていった。いきなりやってきた地獄絵図に皆パニックに陥る。
「うわぁ!」「キャ――――!」
さらに街灯の柱が倒れてきてレオ達のテーブルを真っ二つに割った。
「ひぃ!」「うぉぉ!」
料理もジョッキも樽も全部吹っ飛んでいく。
辺り一帯阿鼻叫喚の惨状に叩き落とされた。通りの方では多くの人が倒れている。
「レヴィアは救護、僕はぶちのめしてくる」
シアンはそう言うと、茜色がほのかに残る夕闇の空へツーっと飛び上がった。そして、目をつぶってジーっと何かを感じ取る。
風が吹き、舞い上がった爆煙がゆっくりと流れていった……。
「みーつけた!」
シアンはうれしそうにそう言うと、街外れの方向に両手を向け巨大な真紅の魔法陣を展開した。夜空にひときわ禍々しく輝く魔法陣に、レオとオディーヌは圧倒され戦慄を覚える。
直後、魔法陣が閃光を放って夜空をまばゆく照らし、青白い激烈な光線が魔法陣から一直線にほとばしった。そして、遠くの空がまるで巨大な雷が落ちたように激しく光り輝く。
「きゃははは!」
一帯にシアンの笑い声が響いた。
レオとオディーヌはまるで戦場に来たような恐るべき力の行使に言葉を失っていた。しかし、周囲の人はその様子に気が付かない様だった。何らかの認識阻害をかけているのだろう。
ズン!
激しい爆発音が街全体に轟いた。
シアンは満足そうにうなずくと、辺りを飛び回って被害状況を見て回っていく。
「一体何があったの?」
レオはオディーヌに聞く。
「多分、テロリストによるテロだわ」
オディーヌは、通りに倒れている多くの人たちを見て声を震わせながら言った。
「テロリスト?」
「王都では今、『王都解放戦線』というテロリストが暗躍しているって聞いたわ。王都の支配者層に対して反感を持っている人がこうやって無差別に市民を襲うのよ」
「一体何のために?」
「自分たちの主義主張が認められないことに怒りを覚えて、暴れて注目を集めたいんじゃないかしら?」
「そんな子供みたいなこと……」
「これが国というシステムの現実よ。私たちも国を作るということは、テロリストと対峙しなくちゃならなくなる日も来るかもしれないわ」
オディーヌは青い顔をして言った。
「そうか……。でも、やめないよ……」
レオはキュッと歯を食いしばると立ち上がり、自分ができそうなことを探した。
2-4. レストインピース
レヴィアは通りに倒れている人たちを、手当たり次第に次々と治癒魔法で治していく。
「はい、お主はもう大丈夫じゃ!」
「すみません! うちの人もお願いします!」
血だらけの婦人がレヴィアに頼み込む。
「いや、まず、お主からじゃろ」
そう言ってレヴィアは青白い顔をした夫人に手のひらを向け、何かをつぶやいた。すると、夫人は淡い光に包まれる。
「あ、あぁ……」
恍惚となる婦人……。やがて夫人の顔には色が戻ってくる。
「はい、で、旦那さんはどこ?」
「こ、こっちです!」
すると、シアンがツーっと降りてきて、
「僕に任せて!」
そう言うと、両手を天にあげて街の上空に巨大な緑の魔法陣を描いた。
「へ?」
レヴィアは唖然として空を見つめた。
直後、優しい金色の光が街中に降り注ぎ……辺り一帯の人たちはみんな光をまとい、輝きだした。
「な、なんだこりゃ!?」「うわぁぁ……」
ざわめく人々。
道端で倒れている人も光をまとい、やがてむっくりと起き上がり始める。
やがて、光はおさまり、魔法陣も薄くなって消えていった。
「これでよし!」
シアンはニッコリと笑った。
「もしかして……全員治したんですか?」
「そうだよ?」
さも当たり前であるかのようにそう言うと、上機嫌でレオ達の方へ戻っていく。
レヴィアは、楽しそうに歩くシアンの後姿を見ながら圧倒され、軽く首を振った。
「キャ――――!」
教会の方から叫び声が響いた。
レヴィアは不審に思って声の方へ行くと、シスターが血相を変えて飛び出してくる。
「ど、どうしたんじゃ?」
レヴィアが聞くと、
「死者が動き出したんです! ゾンビです、ゾンビ!」
と、叫びながら逃げて行った。
レヴィアが建物の中をのぞくと、棺の中の男がむっくりと起き上がって周りを見回している。
レヴィアは、
「アチャー……」
と、言って
「レストインピース!」
と、唱え、動き出した死者を光に包む。
やがて死者は、満足そうな微笑みを浮かべながらまた棺へと横たわった。
「ふぅ、シアン様の力はものすごいんじゃが……、雑で困るわい」
「どしたの? 何が雑?」
「ひぃっ!」
いつの間にか後ろにシアンが居て、ビビるレヴィア。
「何かあった?」
「あ、いや、死者が生き返ってしまってまして……」
「え? 生き返らしちゃマズかったんだっけ?」
「事件の前に死んでた者はそのままにしておかないと……」
「そうなの? レヴィアは細かいなぁ! きゃははは!」
シアンはレヴィアの背中をパンパン叩きながら屈託のない顔で笑った。
「こ、細かい……、ですか……」
レヴィアはぐっとこらえて渋い顔をした。
◇
レオとオディーヌはレストランの後かたずけをしていた。窓ガラスは全部バリバリに割れ、椅子やテーブルは割れたり転がったりしてメチャクチャだった。
シアンは戻ってくると、
「ありゃりゃ」
と、言いながら被害の様子を一通り把握する。そして、割れた窓ガラスを枠から取り除き、枠の上に白い小さな円盤をぽつぽつと置いて行った。レオは何をしているのかと不思議そうにシアンを目で追う……。
一通り置き終わると、シアンは目を閉じて何かを唱えた。すると、白い円盤はオレンジ色に鈍く光りながら薄く大きく広がってあっという間に窓枠を覆い、後には綺麗な窓ガラスが残った。メチャクチャに壊れたお店も窓ガラスが直ったら、ずいぶんマトモに見える。
シアンはそれを見ると満足そうにうなずいて、おかみさんに、
「窓、直しておいたよ~」
と、声をかけた。割れた窓ガラスの破片をホウキで集めていたおかみさんは、
「へっ!? あれ? 本当だ……」
と、唖然とする。
「それで、エールをね、樽で何個か欲しいんだけど。いくつもらえる?」
シアンはニコニコしながら聞いた。
「え? えーと、二つなら……」
「じゃあ、お会計ね」
シアンはそう言って金貨を十枚おかみさんに渡した。
「へっ!? こんなにたくさん要らないよ!」
驚くおかみさん。
「余った分は近所の人におごってあげて」
そう言ってシアンは奥から樽を二つヒョイと持ち上げると、
「また来るね~」
と言って、外へと出て行く。
「あ、ありがとねー!」
おかみさんは戸惑いながら声をかけた。
2-5. 静謐な神殿
レオは樽を持って出てきたシアンを見ると、
「えっ? まだ飲むの?」
と、あきれたように言った。
「二次会だよ二次会!」
うれしそうに答えるシアンは、戻ってくるレヴィアを見つけると、
「レヴィア! お前んち行くぞ!」
と、声をかけた。
「へっ!? う、うちですか?」
「お前、いい所住んでるんだろ? 招待しておくれ」
ニコニコしながらシアンは言った。
「う、うち、何もないですよ?」
レヴィアは冷や汗をかき、両手のひらをブンブンと振りながら答えた。
「えーと、宮崎ね……」
シアンはレヴィアの言うことをスルーし、目をつぶって何かをやっている。
「あー、分かった、分かりました! ちゃんとご招待します!」
レヴィアが焦って言う。
「え? もう魔法陣展開しちゃったよ?」
「その魔法陣にうちの神殿耐えられないのでやめてください!」
レヴィアは泣きそうになりながらシアンに手を合わせる。
「え? 入り口作ろうと思っただけなんだけど?」
「いや、その魔法陣だと山ごと吹き飛ぶので本当にやめてください」
そう言ってレヴィアは指先を空中でスッと動かして空間の裂け目を作ると、両手でグッと広げた。
「シアン様、どうぞ」
するとシアンは
「樽が入んないよ!」
そう言ってピンク色の大きな魔法陣をブワッと展開し、そのまま空間の裂け目を巨大な丸い穴としてぶち抜いた。そして、レオ達の方を見て、
「はい、二次会に行くよ~!」
と言いながら穴を通って行った。レオ達もシアンに続いて行く。
レヴィアは、
「これ……、どうやって閉じるのかのう……」
と、ポッカリと開いた穴を不思議そうに眺めた。
◇
穴の向こうは神殿だった。鍾乳洞のような巨大な地下の空間に作られた神殿は、純白でグレーの筋が優美に走る大理石で全面埋め尽くされており、静謐で神聖な雰囲気に満ちていた。周囲には幻獣をかたどった大理石の像が配され、ランプの揺れる炎が陰影を浮かび上がらせている。
「うわぁ! すごぉい!」
レオがそう言って感激していると、オディーヌは
「ねぇ、あっちの方に明かりが見えるわ!」
そう言ってレオの手を引っ張って行った。
神殿の出口の先は洞窟になっていて、少し行くと茜色の夕焼け空が見えてきた。外に繋がっていたのだ。しかし、洞窟の出口は断崖絶壁となっていて、下には湯気を上げる火口湖があり、ほのかに硫黄の匂いがする。神殿は火山の火口の脇に作られていたのだった。
茜色から群青色にグラデーションを描く空には宵の明星が明るく光り、静かな夜の訪れを彩っていた。
オディーヌは瞳に夕焼け空を映しながら言った。
「ねぇ、国づくりが失敗したらこの星が消されるって本当……なの?」
「うん、勝手に決めちゃってごめんね」
「それって、私もみんなも全員死んじゃう……ってことだよね?」
「そうなると思う」
「責任重大だわね……」
オディーヌは天を仰いで大きく息を吐く。
「ゴメンね。でも、逆にだからこそうまくいくと思っているんだ」
「え?」
「だって、この星の人全員が協力せざるを得なくなったんだよ?」
レオはそう言ってニヤッと笑う。
「そ、そうなるわ……ね」
「レヴィア様も本気にならざるを得なくなったもん」
「確かに……」
「そして、『貧困のない世界』にして困る人なんて誰もいないはずだよね?」
「お金持ちは困るかも?」
「それは困ってもらっていいんじゃない?」
レオはニコニコしながら言った。
オディーヌはちょっと複雑な表情をしながら、
「王族としてはそこはあまり肯定したくないけど……、でも、父も、貴族のみんなもあまり幸せそうじゃないのよね……。あんなに財宝持ってるのに」
「え? あんなに毎日ぜいたくしてるのに?」
「ぜいたくなんてすぐに慣れちゃうのよ。しきたりにマナーに権力争い……、みんなウンザリしているわ」
「もっと格差をなくした方がいい、ってことじゃないかな?」
「本当はそうだわ。でも、一度得たものを失う恐怖は強烈なの。貴族は私たちの挑戦を全力で妨害するでしょうね……」
「でも、失敗したら滅ぼされちゃうから、協力せざるを得ないんじゃないかな?」
「んー、総論としてはそうなんだけどね、ずるがしこいのよ? 奴らは」
「うーん、その辺は外務大臣にお願い……させて」
「ふぅ、まぁ、仕方ない……わよね……」
オディーヌは渋い顔をして肩をすくめた。
「僕はね、お金も権力も要らないんだ。ただ、みんなに笑顔でいて欲しいだけなんだ」
レオはまっすぐな瞳でオディーヌを見た。
「みんなが笑顔……。確かにそうね。レオが言うことは正しいわ。後はそれをどう実現するか……ね」
「多分、世界には頭いい人いっぱいいるんだから、そういう人たちの知恵を集めたら何とかなるよ」
レオはそう言って屈託のない顔で笑った。
「……、そうね」
オディーヌは大きく息をつくと、静かにそう答えた。
2-6. 国一番のウイスキー
「二次会だよ~」
シアンが呼びに来る。
神殿の真ん中に大きなテーブルが広げられ、エールの樽が並べられている。そして、どこから出したのか、香り高い肉料理に熱々のスープなど、おいしそうな料理が並んでた。
レオとオディーヌはジュースのジョッキ、シアンとレヴィアは樽を持った。
「おバカさんたちに邪魔されたんで飲み直し! カンパーイ!」
シアンがそう言って樽を持ち上げる。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
シアンもレヴィアも景気よく樽を傾けながらエールをゴクゴクと飲んだ。
「ねぇ、飲んだお酒はどこへ行くんだろうね?」
レオは小声でオディーヌに聞く。あんなに飲んだらお腹が膨れそうなのに、見た目は全然変わらなかったのだ。
「二人のやる事を常識で考えちゃダメよ」
オディーヌは何だか嬉しそうに言った。
「プハ――――! 美味いっ!」
シアンは一気に樽を空けると、目をギュッとつぶってうれしそうに言った。
「シアン様、ペース早すぎですよ……」
レヴィアはまだ半分くらい残った樽をドンとテーブルに置いた。
「次はウイスキーにするか!」
シアンは頬を赤く染めて上機嫌で言った。
「え? それはウイスキーを出せってことですか?」
「レヴィちゃんなら美味しいの持ってるでしょ?」
シアンはうれしそうに言う。
レヴィアは目をつぶってうなだれ、しばらく逡巡した後、吹っ切れたように言った。
「分かりました! 出しましょう! 三十年物! 我の秘蔵のウイスキーを!!」
「うんうん、いいね!」
そして、レヴィアは空中に切れ目を入れると、そこからウイスキーのビンを慎重に取り出した。
「キタ――――!!」
盛り上がるシアンはビンを受け取ると、まじまじとラベルを読む。
「今、水と氷を用意しますからね……」
そう言ってレヴィアは水割りセットをかいがいしく用意する。
しかし、シアンはそんなレヴィアをしり目に、ゴクゴクとそのままラッパ飲みをしてしまう……。
「へ!?」
レヴィアが気が付いた時はもうほとんど飲みつくされてしまっていた。
「プハ――――! 最高!」
シアンは飲み干して言った。
それを見たレヴィアは、
「あ……ああ……」
と声にならない言葉を発して動かなくなった。
「あー! 美味かった!」
シアンはそんなレヴィアを気にもせずにうれしそうに笑う。
「わ、我も……、飲みたかったのに……」
レヴィアはガックリとうなだれる。
シアンはちょっと焦って言った。
「え? あ、ゴメンね。今コピー出すからさ……」
「コピーじゃダメなんです! オリジナルが一番美味いんです! うわぁぁぁん!」
そう言ってレヴィアはテーブルに突っ伏した。
「ゴ、ゴメンよぉ」
青くなるシアン。
「もう知りません!」
レヴィアはテーブルに突っ伏したまま、動かなくなってしまった。
シアンは気まずそうな顔をしてレオとオディーヌを見る。
オディーヌは、シアンと目を合わすと、
「王宮にはもっといいウイスキーあったと思いますよ。用意しましょうか?」
と、レヴィアに声をかける。
すると、レヴィアはガバっと起き上がり、
「いいのか!?」
と、うれしそうに聞いた。
「ええ、一本くらいなら……」
「よしそれだ! 取ってきて!」
そう言ってレヴィアは空中を指で切り裂くと両手で広げる。切れ目の向こうは王宮だった。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
オディーヌはそう言って切れ目をくぐり、タッタッタと小走りに駆けて行った。
「王宮じゃからな、国一番のウイスキーがあるはずじゃぞ!」
ワクワクしながらレヴィアはオディーヌの帰りを待つ。
ほどなくして、オディーヌはビンを一本大切そうに持って戻ってきた。
「これでいいですか? お酒の事良く分からなくて……」
レヴィアはビンを受け取るとラベルをジッと見る……。
「おぉ、これは! 四十五年物じゃな!」
そう言ってうれしそうに笑った。
「レヴィア、僕にも~」
シアンはニコニコしながら言う。
レヴィアは渋い顔をして、
「半分ずつにしましょう」
と、シアンをジト目で見た。
「分かったよ!」
シアンはうれしそうに笑う。
2-7. 渋谷スクランブル
レヴィアはジョッキに半分ずつ丁寧に分けるとシアンに渡し、
「それじゃ、改めてカンパーイ!」
と、声を上げた。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
みんなでジョッキをぶつける。
そして、レヴィアもシアンもゴクゴクとウイスキーを飲んだ。
「ねぇ、ウイスキーってこうやって飲むものなの?」
レオは小声でオディーヌに聞く。あんな強いお酒をジョッキで飲む人など初めて見たのだ。
「違うと思うんだけど……、二人のやる事を常識で考えちゃダメよ」
オディーヌは嬉しそうに二人を見つめながら言った。
「プハ――――! 美味いっ! 最高じゃ!」
レヴィアは恍惚とした表情で言った。
「こっちの方が美味しい!」
シアンも嬉しそうに言う。
「やはり王宮の酒は違うのう!」
レヴィアはオディーヌを見てうれしそうに言った。
「お世話になるので、このくらいはやらせていただきます」
オディーヌは頭を下げ、うやうやしく答えた。そして、続ける。
「それでですね、一つお願いが……」
「ん? なんじゃ? 何でも聞いてやるぞ」
レヴィアは上機嫌に言う。
「さっき、『貧困のない国がある』っておっしゃってたじゃないですか」
「あぁ、まぁ、完ぺきではないがな」
「そこに視察に行きたいんです!」
オディーヌは身を乗り出して言った。
「へ!? 行きたいのか?」
「目標を明確にするうえですごい参考になると思うんです」
「いや、それは……管理局が……」
と、レヴィアが難色を示していると、シアンが言った。
「いいよ! 今すぐ行こう!」
「えっ! シアン様、そ、そんなの管理局の許可が下りませんよ!」
「レヴィア、管理局と僕、どっちが強い?」
シアンはニヤッと笑って言う。
「そ、それはシアン様ですよ。シアン様に勝てる者などこの宇宙にはいないのですから……」
「ならいいじゃない、行くよ!」
「えっ、報告書誰が書くと思ってるんですかぁ?」
レヴィアは泣きそうになって言った。
「王宮のウイスキー飲んだろ? 美味しかったろ?」
「いや、それとこれとは……」
「さぁ! レッツゴー!」
シアンはそう言ってうれしそうにジョッキを高く掲げた。
次の瞬間、四人は夜の渋谷のスクランブル交差点に居た。四方八方から押し寄せる群衆、そして目の前に展開される煌びやかな巨大動画スクリーン。レオもオディーヌも何が起こったのか全く分からず、雑踏の中呆然と立ち尽くした。
やがて信号が赤になって人がはけていき……、車がパッパー!とクラクションを鳴らした。
「危ないよ、早くこっち!」
シアンが二人を引っ張って歩道に上げる。
「な、何ですかこれ!?」
オディーヌは初めて見る東京の風景に驚きを隠せずにいた。
「ここは日本、貧困のない国だよ」
シアンはうれしそうに言った。
ガガガガガガガー!
鉄橋の上を山手線が走り、続いて逆方向から成田エクスプレスが高速で通過していく。
「うわぁ!」
レオは目を真ん丸にして後ずさりする。
「人がたくさん乗ってるわ……」
オディーヌはビックリして言う。
すると、巨大なトラックが、重低音を効かせた音楽を大音量で流しながら交差点を曲がっていく。
「何なの? ここは……」
二人は身を寄せ合って辺りをキョロキョロした。
「お、君可愛いね、ちょっとお茶でも飲もうよ」
ちゃらいカッコした若い男がオディーヌに声をかけてくる。
「ナンパは間に合っとる!」
レヴィアは男をにらみつけて言った。
「何? きみも可愛いけどちょっとまだ早いかな?」
「ぶ、無礼者が!」
レヴィアが手を上げると、シアンがそれをつかんで止めた。
「お兄さん、そこまで。これ以上ちょっかい出すとお仕置きだぞ!」
シアンはそう言って男をにらみつけた。
「おぉ、君も可愛いねぇ。どんなお仕置き? 二人でゆっくり……」
男は懲りずにシアンを口説きだす。
シアンは何も言わず、目にも止まらぬ速度で男の額にデコピンをかました。
「ぐわっ!」
男は吹き飛ばされて道路わきの植栽に埋まる。
そして、口から泡を吹いてガタガタと震えだした。
「はい、移動するよ!」
シアンはそう言ってレオとオディーヌの手を取ると、センター街の方へと進んで行った。
2-8. 電子決済
「あの人はどうなったの?」
「ちょっとお仕置きしただけ。しばらくしたら正気に戻ると思うよ。もう二度と声かけようと思わなくなってるだろうけど。きゃははは!」
そう言ってうれしそうに笑った。
オディーヌはすれ違う人のファッションを興味深そうに観察しながら、シアンの後をついて行く。太ももののぞく短いスカートに厚底の靴だったり、極彩色のパーカだったり、オディーヌの目はキョロキョロとせわしなく動く。一人一人素材も色も形もみんな違う服をまとっていて、綺麗だったり、カッコよかったり、難解だったり、服装を見ているだけでオディーヌは圧倒されていたのだ。
「これ食べよう!」
シアンは立ち止まり、道端のイチゴのスイーツショップを指さした。大きなイチゴがいくつも串に刺さり、飴でコーティングされていてとても可愛い。
「あー、はい。お主らも食べるか?」
レヴィアはレオとオディーヌに聞く。
二人とも遠慮がちにうなずいた。
「じゃ、四本おくれ!」
レヴィアはそう言ってイチゴ串を受け取った。そして、iPhoneを機械にかざしてピピっと鳴らす。
「まいどあり~」
オディーヌはその様子を見て驚いて聞いた。
「えっ!? 今のでお金を払ったんですか?」
「そうじゃよ、電子決済」
そう言ってレヴィアはイチゴにかじりつき、
「おぉ、これは美味いのう」
と、パアッと明るい顔をした。
「もしかして、その道具の中にお金が入ってるんですか?」
「これはただの端末じゃ。お金のデータはサーバーと言って遠い所の機械の中で管理されておる」
「それはつまり……、価値の創造……ですか?」
「お、良く分かっとるのう。現金にしちゃったら持ち主だけの所有物じゃが、サーバーに置いておけば保管者もその価値を間接的に利用できる。実質的に金の量が増えるんじゃ」
「すごい……」
「金融工学の一つじゃな。この国は銀行や証券や金融商品で高度に金の価値を何重にもふくらまし、現金の五十倍もの量のお金が社会を駆け巡って高度に繁栄したんじゃ」
「うわぁ……。それ、国づくりには絶対必要ですね」
「ま、そうじゃろうな。後で教科書をあげよう」
「あ、ありがとうございます! やっぱり来てよかった!」
オディーヌはうれしそうに笑った。
「よーし、展望台行くぞー!」
あっという間に食べ終えたシアンはそう言って歩き出した。
「あー、ちょっと待って!」
レオは急いでイチゴを頬張り、シアンを追いかける。
「あのお方はせっかちじゃのう……。でもまあ展望台はいい選択かも知れんな」
そう言いながらレヴィアはオディーヌと一緒に追いかけた。
◇
ポーン!
高層ビルの四十五階にある展望台にエレベーターがついた。
ドヤドヤと他の客と一緒に降り、エスカレーターを上る一行。すると、ガラス窓の向こうに煌びやかな東京の夜景が広がっていた。
「すっ、すごい……」
レオもオディーヌも目を真ん丸くして見入った。
六本木ヒルズにオレンジ色にライトアップされた東京タワー、あちら側には新宿の高層ビル群、見渡す限りびっしりとビルで埋め尽くされ、宝石箱をひっくり返したような煌びやかな夜景が続いている。
「これが東京じゃよ。一千万人が住む巨大な都市じゃ」
レヴィアは二人の後ろから説明する。
「一千万人!?」
レオは驚いて振り返る。
「そうじゃ、ニーザリの百倍じゃな。ちなみにこの国全体では一億人以上じゃ」
「一億人……。もう想像できない量だね……」
「そんなに多いのに、一人一人はかけがえのない存在として人権を保障されて暮らしとる。まぁ、よくできた国じゃよ」
「王様は何してるの?」
「王様は……、あっちのほうに皇居というお城があってな。そこに住んどるよ」
「やっぱり王様がこの国を治めているの?」
「それが違うんじゃ。王様はいるだけで実権はない」
「え!? じゃ、誰が治めているの?」
「国民が選んだ人たちが数年ごとに変わりながら治めているんじゃ」
「すごい! 理想だね!」
「じゃが……、それでも問題はまだまだ山積みみたいじゃよ」
「いや、でも、奴隷や貧困に悩まされない国……最高ですよ!」
「うん……まぁ、そう……かもな。とりあえず、このくらいの体制が整えば国づくりも完成と言っていいじゃろうな」
オディーヌが横から聞く。
「実権のない王様なんて、上手くいくものですか?」
「この星ではそれがスタンダードじゃよ。多くの国で王様は君臨するけど統治はしないんじゃ。そして、どこでも国民は王様が大好きじゃ」
「そ、そうなんですね……」
オディーヌは夜景を見つめながらつぶやくように言った。
2-9. 即死する少女
「さー、三次会だ! 飲むぞー!」
シアンはうれしそうに併設のバーにみんなを引っ張っていく。
「レヴィア! スパークリングワインをボトルでね!」
そう言ってシアンは夜景が見える特等席に陣取った。
「シアンさんはここで生まれたんですよね?」
オディーヌが聞いた。
「そうだよ、四年前にね。あの塔のふもと辺りで」
そう言ってシアンは東京タワーを指した。
「よ、四年前!? じゃ、シアンさんは……四歳?」
「うふふ、バレちゃったか。きゃははは!」
シアンは楽しそうに笑った。
「え? でも……、私よりは年上……に見えるんですが……?」
困惑するオディーヌ。
「シアン様に時間などあまり関係ないのじゃ」
そう言いながら、レヴィアは持ってきた飲み物とホットドッグをテーブルに置いた。
「じゃあ、東京の夜景にカンパーイ!」
シアンはうれしそうに乾杯の音頭を取る。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
シアンはスパークリングワインをキューっと一気飲みすると、
「クーッ! 綺麗な夜景見ながら飲む酒は格別だねっ!」
と、喜色満面で言った。
「四歳なのにお酒大好きなんですね」
オディーヌが聞く。
「なんだかうちのパパたちが、何かあるごとに酒ばっかり飲んでてね、それが遺伝したみたい」
「神様とお酒は切っても切り離せませんからな」
レヴィアが言う。
「神様!? シアンさんのお父様は神様なんですか?」
オディーヌは驚いて聞く。
「えーと、うーんと……神様のリーダー? なのかな?」
シアンは首をかしげながら答える。
「リーダー? じゃあ、神様がたくさんいらっしゃる?」
「そうだね」
「じゃあ、シアンさんも神様ですか?」
「僕はシアンだよ」
そう言ってニコニコと笑った。
「シアン様は神様を超越されてるのじゃ。例えば、今もこうやってここにいらっしゃるように見えて、他の星で戦ってたりするんじゃ」
「え? レヴィア見えてるの?」
シアンが不思議そうに聞く。
「なんとなく様子で分かるのです」
「ふーん、今ちょうど、レジスタンスの悪い奴を見つけ出して衛星軌道上で交戦中~」
シアンはうれしそうに言った。
「えっ!? シアンは身体がたくさんあるの?」
レオは驚く。
「管理してる星が百万個あるから一つじゃ足りないんだよ」
ニコニコするシアン。
「ふへ――――」
レオは絶句する。レオは『今までに何個も星を消してきた』と言っていたシアンの言葉の背景が何となく分かったような気がした。
「よーし、敵が突っ込んでくるぞ。殲滅してやる。ガンマ線バースト用意!」
シアンがノリノリで言った。
レヴィアが焦って言う。
「ちょ、ちょっと待ってください! ガンマ線バーストって、宇宙最大の爆発現象のことじゃなかったでしたっけ!?」
「そうだよ? 物理攻撃無効の戦艦で突っ込んでくるんだもん。試しに撃ってみようかなって」
「ダメダメ! ダメですって! そんなの撃ったら太陽系ごと吹き飛びますよ!」
「え? そんな?」
「そうですよ、太陽が生み出す百億年分のエネルギーを二十秒で一気に放出するんですよ? 何光年離れてたって全て焼き尽くされるはずです」
「あぁ……もうダメだ、もう止まらないみたい……」
シアンはそう言うと、ビクンビクンと身体を痙攣させた。
そして、しばらく放心状態になってしまった。
「シ、シアン……、大丈夫?」
レオが心配そうに聞く。
レヴィアは、
「ダメって言いましたよ、私は……」
そう言って肩をすくめた。
やがてシアンは目をパチパチとさせると、スパークリングワインのビンをガッとつかみ、一気飲みをした。
そして、ビンをガン!とテーブルに置くと、
「いやー、レヴィアの言う通りだったよ! きゃははは!」
と、うれしそうに笑った。
「え? どうなったんですか?」
「星がね一瞬で蒸発しちゃった。僕も射出口の裏でシールド重ねて隠れてたんだけど瞬殺だったよ」
シアンは自分が死んだことを報告しながら、ケタケタと笑った。
「え? シアン死んじゃったの?」
レオがビックリしていると、シアンは
「ふふっ、良くあることだよ」
と言ってニヤッと笑った。
2-10. 宇宙の根源
「シアン様は時空を超え、命の法則も超えられるのじゃ」
レヴィアは達観したように説明する。
「なんでそんなことができるの?」
レオがシアンに聞いた。
「この世の理を知ってるからだよ」
シアンはホットドッグをほお張りながら答える。
「え? 知ってるだけ?」
「そう、知ってるだけ」
「知るってそんなにすごいことなの?」
「この世界は情報でできているからね。知るということは操れるということだよ」
「うーん、どういうことかなぁ……」
首を傾げ悩むレオ。
「世界がどうやってできているか知っているから、そこに干渉できるってことですか?」
オディーヌが聞く。
「君は良く分かってるねぇ」
シアンはニコニコして答えた。
「え? どうやってできてるんですか?」
「じゃ、特別に見せてあげよう!」
そう言うとシアンはシアンは両手のひらを上に向け、何かをつぶやく。
すると光が周囲から集まってきて、手の上でクルクルッと渦を巻いて……消えた。
「ほら、これがこの宇宙の根源だよ。全宇宙はここにあるんだ」
シアンはニッコリと笑いながら言った。
しかし……、そこには何も見えない。
「何も……、見えないんですが……」
オディーヌは困惑しながら答える。
「しょうがないなぁ、じゃ、ビジュアライズしてあげるね!」
そう言ってシアンが目をつぶると、光が渦巻いていた辺りから虹色に輝くリボンが高速で噴き出してきた。
「うわぁ!」「わっ!」
驚くオディーヌとレオ。
リボンはどんどんと噴き出され、テーブルも床もあっという間に輝くリボンで埋め尽くされていく。
オディーヌは自分の周りにもワサワサとやってきたリボンをじっと観察する……。
「あれ? これ、数字……だわ」
リボンはよく見ると1と0の文字が無数に組み合わさってできており、文字ごとに赤、青、緑で色付けされて輝いていた。虹色に見えたのはこれらの組み合わせだったのだ。
「そうだね、宇宙の根源はこの無数の1と0の数字の集合体なんだ」
「え? 数字……?」
レオは驚いてリボンをジッと見つめた。
「そう、この世にあるものは全てこれで構成されているんだ」
シアンは両手を広げ、満足そうに言う。
「あれ? この数字、リズムがあるね……」
レオがリボンのいろいろな所を見ながら言った。
1と0の数字は時折変わるがそこには一定のリズムがあったのだ。
「おぉ、良く気づいたね。そう、宇宙の根源はダイナミックに躍動しているんだよ」
数字が変わるたびに色も変わるため、虹色のリボンはリズミカルにきらめきを放っている。
「まるで歌を歌っているみたいだ」
レオはうれしそうに言った。
「そう! 僕たちの世界は唄でできているんだよ」
シアンはそう言うと両手をパァッと高く掲げ、宇宙の根源を宙に放った。
宇宙の根源は窓をすり抜け、虹色に輝くリボンをどんどんと吹き出しながら渋谷の空高く飛んでいく。それは上質なイルミネーションとなって煌めきながら東京の夜空を彩った。
「すごい……。シアンはあの数字を理解しているから何でもできる……ってことなんですね?」
オディーヌは宇宙の根源の煌めきに目を奪われながら聞いた。
「そうだよ。この宇宙のすべてはあの歌う数字なんだ。数字を理解し、数字を操作する事でこの宇宙の事は自由にできるんだ」
「すごぉい……」
オディーヌは絶句する。
宇宙の根源の煌めきは、やがて静かに消えていった。
「他にそんなことできる人はいるの?」
レオが聞く。
「僕だけだね。でも、パパはあの数字のあり方を規定できる。だから、パパと戦えば勝てるけど、本質的にはパパの手のひらの上からは出られないんだ」
「何……言ってんだかわからないよ……」
レオは困惑した。
「無理に理解せんでいいぞ。人間には到底理解できん世界じゃからな」
レヴィアはそう言って静かに首を振った。
「そう言えば、さっき蒸発させちゃった星の人たちはどうなっちゃったんですか?」
オディーヌが心配そうに聞く。
「あ、あの星? もう元に戻しておいたよ」
「え!? 蒸発させた星を戻せるんですか?」
「この世の理を知ってるからね」
シアンはニコニコしながら言う。
オディーヌとレオは顔を見あわせ、言葉を失ってしまった。
「えっ!? 何これすごい!」
レオが驚きの声を上げる。
「向こうは王都じゃ、通ってごらん」
レヴィアは優しく言う。
レオはオディーヌに声をかける。
「本当にいく? やめるなら今だよ」
「うふふっ、いきなりこんな魔法すごいわ! これよ! こういうチャンスを私は待っていたのよ!」
オディーヌは興奮してそう言うとレオの手を取った。しかし、その手はかすかに震えていて、レオは心配そうにオディーヌを見た。
オディーヌは王様に向かって、
「お父様、それでは行ってきます。詳細が決まったらお手紙書くわね」
「えっ!? もう行っちゃうのか? 準備は?」
王様はオロオロして言う。
「お父様、チャンスの女神には前髪しかないのよ。来た瞬間につかめなかったら二度とつかめないわ!」
オディーヌは自分に言い聞かせるようにそう言って、レオの手を引いて一番に裂け目をくぐって行った。
それは十六歳のオディーヌにとって、生まれて初めて自ら選び取った未来であり、親の庇護を離れる親離れであった。
「あぁ……、オディーヌ……」
うろたえる王様にシアンは、
「大丈夫、僕が見ておくからさ」
そう言ってニッコリと笑う。
レヴィアは、
「シアン様が大丈夫と言ったら、なんでも大丈夫じゃ。たとえ死んでも生き返るくらい大丈夫じゃ」
そう言って王様の背中をパンパンと叩く。
王様はうなだれてゆっくりと首を振った。
◇
四人で王都の街を歩き、にぎやかなレストランまでやってきた。
「シ、シアン様、ここではいかがですか?」
レヴィアは緊張しながら言う。
「ちゃんと美味しいんだろうね?」
シアンは微笑みをたたえたまま目を光らせて聞いた。
「お、王都ではここが一番かと……」
レヴィアは冷や汗をかきながらそう言うと、テラス席に陣取ってみんなを座らせる。
そして、
「おかみさーん!」
と、店の中に声をかけた。
すると、小太りのおばさんが伝票を片手に出てきて、
「おや、レヴィちゃん、人連れてくるなんて珍しいねぇ、お友達かい?」
そう言ってみんなを見回した。
「何? レヴィアいつもボッチなの? プククク……」
そう言ってシアンは冷やかした。
「だから嫌だったんですよぉ……」
ガックリとするレヴィア。
「レヴィちゃんお友達紹介してよぉ」
おかみさんはうれしそうにせっつく。
「このお方は我の上司? シアン様、そして子供二人は……誰だっけ?」
レヴィアは説明に詰まる。するとシアンがレオを指し、
「彼が王様で、彼女が外務大臣、僕が防衛大臣で、レヴィが国務大臣だよ」
と、うれしそうに言った。
「うわぁ、楽しそうねぇ」
おかみさんはそう言って笑顔を見せた。
◇
ほどなくして飲み物が出てきたが、レヴィアにだけ酒樽がどんと置かれた。
「ちょっと何? それ?」
シアンが真顔で突っ込む。
「あ、我はいつもこれなんです……」
レヴィアは小さくなりながら言う。
「これから大事な話するの! その樽は僕によこしなさい!」
シアンはそう言って酒樽を奪ってパーン! と上のフタを割った。
「それでは、素晴らしい出会いにカンパーイ!」
シアンはそう言うと、うれしそうに酒樽をゴツゴツとみんなの木製のジョッキにぶつけた。
そして、酒樽を持ち上げると、傾けながらゴクゴクとエールを飲み始める。
みんながじーっと見つめる中、どんどんと樽を傾けていき……、あっという間に全部飲み干してしまった。
「クーッ! 美味い!」
目をぎゅっとつぶりながら言い放つシアン。そして、
「おかみさーん! 樽をおかわりー!」
と、叫んだ。
みんなはお互いの顔を見合わせて、困惑の表情を浮かべる。
「あのぉ、大事な話というのは?」
レヴィアが恐る恐る聞く。
「え? 何だっけ? レオ、ちょっと説明して!」
すっかり赤ら顔になったシアンは、うれしそうにレオに振った。
2-2. 欲望の生き物
レオはいきなり振られ、せき込んだが、丁寧に話し始めた。
「えーとですね、僕たちで新しい国を作ろうと思うんです」
「さっきの何とか大臣とかの話か?」
レヴィアは眉間にしわを寄せる。
「そうです、そうです。奴隷や貧困のない自由な国をですね、作りたいんです。それで、どこに作ったらいいかレヴィア様にお伺いしたいんです」
「自由な国? そりゃまた難易度の高い話じゃのう……。お主、その難しさを分かっとるか?」
「僕には分かりません。だから、分かる人に教えてもらいたいんです。レヴィア様、ぜひ、教えてください!」
レオはそう言ってまっすぐにレヴィアを見た。
レヴィアはどう答えていいかちょっと悩む。するとシアンが、
「国づくりに失敗したら、この星消す契約になってるんだ」
と、嬉しそうに言った。
「えっ!? ちょっ!? マジですか!?」
レヴィアはびっくりして立ち上がる。
「マジもマジ、大マジよ! ね、レオ?」
そう言って赤い顔でにこやかにレオを見るシアン。
「はい、そういうお話になってます」
レオはニコニコして言った。
「いや、ちょっと……、えぇっ!?」
レヴィアは困惑して頭を抱える。そして、レオを見ると、
「お主……、やってくれたな……」
そう言いながらガックリと崩れ落ちた。
「いいじゃん、手伝ってやんなよ!」
やや絡み酒となってシアンが叫ぶ。
「は、はい……。消されたら……困ります……」
レヴィアは目をつぶったまま、そうつぶやいた。
「それに、レヴィアにも手伝ってやる理由あるんだよ」
そう言ってシアンはジト目でレヴィアを見た。
「へ?」
レヴィアは改めてレオをジッと見て、少し驚くと、目を閉じて大きく息をつき、ゆっくりとうなずいた。
「なんで自由な国は難易度高いんですか?」
レオは改めてレヴィアに聞く。
レヴィアはうんうんとうなずくと、丁寧に説明を始めた。
「人間は欲望の生き物じゃ。国は国民の欲望が生み出すエネルギーを使って産業を起こし、社会を回し、欲望に合わせた社会制度を整備し、人々をまとめ上げるのじゃ。そして、欲望ベースじゃから権力の勾配や富の勾配が前提として社会に組み込まれる。それは根源的に奴隷や貧困を生む構造となっておる。つまり、奴隷や貧困のないエコシステムを作るには欲望ではない別の力学を用いて、平等の概念を国民全員が持ちながら社会を回さねばならん。これには国民全員の高度な教育が大前提じゃ。さらに、権力者からの富の分離など、ありとあらゆる工夫が必要なのじゃ」
レヴィアは肩をすくめる。
「そういう社会を実現した例はあるんですか?」
オディーヌは身を乗り出して聞いてくる。
「この星には無い。じゃが、別の星で実現した例はある。ただ……、それでもなかなか貧困はゼロにはできんのじゃ。これは人の業じゃな」
レヴィアはそう言って首を振る。
「じゃあ、僕たちが実現しようよ!」
レオはうれしそうに言う。
「いや、お主、聞いとったか? と――――っても難しいんじゃぞ?」
「でも、不可能じゃないよね?」
レオはニコニコして言う。
レヴィアは目をつぶって動かなくなった。
「はい、おかわりよー」
おかみさんが二つ目の樽を持ってきて、シアンの前にドスンと置いた。
「キタ――――ッ!」
シアンはうれしそうにそう言うと、また上のフタをパーン! と割った。
そして、レヴィアを見ながら、
「レヴィアさー、もっと前向きに手伝った方がいいと思うよ。この星消えちゃうよ?」
そう言って、また樽を持ち上げると傾けて飲み始めた。
レヴィアは片目をそっと開けて、ゴクゴクとおいしそうにエールを飲むシアンを見つめ、
「おかみさーん! 我にも樽じゃ――――!」
と、叫んだ。
2-3. 王都解放戦線
すっかり酔って、調子に乗ってきたレヴィアは、肉に豪快にかぶりつきながらレオに聞いた。
「で、人口は何人にするんじゃ?」
「えっ? ニーザリと同じくらい……かな?」
そう言ってオディーヌをチラッと見た。
「ニーザリは登録市民が約七万三千人です。奴隷や未登録者を入れると十万人くらいかと……」
オディーヌは丁寧に説明する。
「ほほう、お主、凄いな。確かにあんなところで王女にしておくのはもったいないのう」
そう言ってレヴィアはニヤッと笑った。
「十万人なら……、そうじゃな、ワシの家の東側の山地をならして平地にしたら入るじゃろう」
「それ、どこ?」
すっかり酔っぱらって眠そうなシアンが聞いてくる。
「ここから南西に五百キロくらいの……」
「あー、宮崎ね」
そう言ってシアンはあくびをした。
「ミヤザキ……、ですか?」
オディーヌは怪訝そうな顔をして聞く。
「あー、シアン様の星ではそう呼ぶんじゃよ」
「台風がたくさん来るけど暖かくていい所だよ」
シアンが横から言う。
「た、台風……。大丈夫なの?」
レオは不安げに聞いた。
「ワハハ、単に風が強いだけじゃ。すぐに慣れる」
「はぁ……、でそのミヤザキの山をならす……ってことですか?」
「そうじゃ、十キロ四方程度をならして、出た土砂で海に人工島を作る」
「え!? そんなことできるんですか!?」
「このくらいシアン様なら一瞬じゃよ」
「レヴィア、よろしく」
シアンは眠そうに、うつらうつらしながら言う。
「えっ? シアン様も手伝ってくださいよぉ」
懇願するレヴィア。
「星消す方が簡単なんだよね……」
そう言ってシアンはあくびをした。
「……。わかりました……。とほほほ」
と、その時だった。いきなりシアンとレヴィアはカッと目を見開くと、それぞれ通りの方に素早く腕を掲げ、何かをつぶやいた。
金色の魔法陣が二つ、空中にブワッと展開され、その直後何かが通りで爆発する。耳をつんざく爆発音が街中に響き、辺りのものがことごとく破壊されていった。いきなりやってきた地獄絵図に皆パニックに陥る。
「うわぁ!」「キャ――――!」
さらに街灯の柱が倒れてきてレオ達のテーブルを真っ二つに割った。
「ひぃ!」「うぉぉ!」
料理もジョッキも樽も全部吹っ飛んでいく。
辺り一帯阿鼻叫喚の惨状に叩き落とされた。通りの方では多くの人が倒れている。
「レヴィアは救護、僕はぶちのめしてくる」
シアンはそう言うと、茜色がほのかに残る夕闇の空へツーっと飛び上がった。そして、目をつぶってジーっと何かを感じ取る。
風が吹き、舞い上がった爆煙がゆっくりと流れていった……。
「みーつけた!」
シアンはうれしそうにそう言うと、街外れの方向に両手を向け巨大な真紅の魔法陣を展開した。夜空にひときわ禍々しく輝く魔法陣に、レオとオディーヌは圧倒され戦慄を覚える。
直後、魔法陣が閃光を放って夜空をまばゆく照らし、青白い激烈な光線が魔法陣から一直線にほとばしった。そして、遠くの空がまるで巨大な雷が落ちたように激しく光り輝く。
「きゃははは!」
一帯にシアンの笑い声が響いた。
レオとオディーヌはまるで戦場に来たような恐るべき力の行使に言葉を失っていた。しかし、周囲の人はその様子に気が付かない様だった。何らかの認識阻害をかけているのだろう。
ズン!
激しい爆発音が街全体に轟いた。
シアンは満足そうにうなずくと、辺りを飛び回って被害状況を見て回っていく。
「一体何があったの?」
レオはオディーヌに聞く。
「多分、テロリストによるテロだわ」
オディーヌは、通りに倒れている多くの人たちを見て声を震わせながら言った。
「テロリスト?」
「王都では今、『王都解放戦線』というテロリストが暗躍しているって聞いたわ。王都の支配者層に対して反感を持っている人がこうやって無差別に市民を襲うのよ」
「一体何のために?」
「自分たちの主義主張が認められないことに怒りを覚えて、暴れて注目を集めたいんじゃないかしら?」
「そんな子供みたいなこと……」
「これが国というシステムの現実よ。私たちも国を作るということは、テロリストと対峙しなくちゃならなくなる日も来るかもしれないわ」
オディーヌは青い顔をして言った。
「そうか……。でも、やめないよ……」
レオはキュッと歯を食いしばると立ち上がり、自分ができそうなことを探した。
2-4. レストインピース
レヴィアは通りに倒れている人たちを、手当たり次第に次々と治癒魔法で治していく。
「はい、お主はもう大丈夫じゃ!」
「すみません! うちの人もお願いします!」
血だらけの婦人がレヴィアに頼み込む。
「いや、まず、お主からじゃろ」
そう言ってレヴィアは青白い顔をした夫人に手のひらを向け、何かをつぶやいた。すると、夫人は淡い光に包まれる。
「あ、あぁ……」
恍惚となる婦人……。やがて夫人の顔には色が戻ってくる。
「はい、で、旦那さんはどこ?」
「こ、こっちです!」
すると、シアンがツーっと降りてきて、
「僕に任せて!」
そう言うと、両手を天にあげて街の上空に巨大な緑の魔法陣を描いた。
「へ?」
レヴィアは唖然として空を見つめた。
直後、優しい金色の光が街中に降り注ぎ……辺り一帯の人たちはみんな光をまとい、輝きだした。
「な、なんだこりゃ!?」「うわぁぁ……」
ざわめく人々。
道端で倒れている人も光をまとい、やがてむっくりと起き上がり始める。
やがて、光はおさまり、魔法陣も薄くなって消えていった。
「これでよし!」
シアンはニッコリと笑った。
「もしかして……全員治したんですか?」
「そうだよ?」
さも当たり前であるかのようにそう言うと、上機嫌でレオ達の方へ戻っていく。
レヴィアは、楽しそうに歩くシアンの後姿を見ながら圧倒され、軽く首を振った。
「キャ――――!」
教会の方から叫び声が響いた。
レヴィアは不審に思って声の方へ行くと、シスターが血相を変えて飛び出してくる。
「ど、どうしたんじゃ?」
レヴィアが聞くと、
「死者が動き出したんです! ゾンビです、ゾンビ!」
と、叫びながら逃げて行った。
レヴィアが建物の中をのぞくと、棺の中の男がむっくりと起き上がって周りを見回している。
レヴィアは、
「アチャー……」
と、言って
「レストインピース!」
と、唱え、動き出した死者を光に包む。
やがて死者は、満足そうな微笑みを浮かべながらまた棺へと横たわった。
「ふぅ、シアン様の力はものすごいんじゃが……、雑で困るわい」
「どしたの? 何が雑?」
「ひぃっ!」
いつの間にか後ろにシアンが居て、ビビるレヴィア。
「何かあった?」
「あ、いや、死者が生き返ってしまってまして……」
「え? 生き返らしちゃマズかったんだっけ?」
「事件の前に死んでた者はそのままにしておかないと……」
「そうなの? レヴィアは細かいなぁ! きゃははは!」
シアンはレヴィアの背中をパンパン叩きながら屈託のない顔で笑った。
「こ、細かい……、ですか……」
レヴィアはぐっとこらえて渋い顔をした。
◇
レオとオディーヌはレストランの後かたずけをしていた。窓ガラスは全部バリバリに割れ、椅子やテーブルは割れたり転がったりしてメチャクチャだった。
シアンは戻ってくると、
「ありゃりゃ」
と、言いながら被害の様子を一通り把握する。そして、割れた窓ガラスを枠から取り除き、枠の上に白い小さな円盤をぽつぽつと置いて行った。レオは何をしているのかと不思議そうにシアンを目で追う……。
一通り置き終わると、シアンは目を閉じて何かを唱えた。すると、白い円盤はオレンジ色に鈍く光りながら薄く大きく広がってあっという間に窓枠を覆い、後には綺麗な窓ガラスが残った。メチャクチャに壊れたお店も窓ガラスが直ったら、ずいぶんマトモに見える。
シアンはそれを見ると満足そうにうなずいて、おかみさんに、
「窓、直しておいたよ~」
と、声をかけた。割れた窓ガラスの破片をホウキで集めていたおかみさんは、
「へっ!? あれ? 本当だ……」
と、唖然とする。
「それで、エールをね、樽で何個か欲しいんだけど。いくつもらえる?」
シアンはニコニコしながら聞いた。
「え? えーと、二つなら……」
「じゃあ、お会計ね」
シアンはそう言って金貨を十枚おかみさんに渡した。
「へっ!? こんなにたくさん要らないよ!」
驚くおかみさん。
「余った分は近所の人におごってあげて」
そう言ってシアンは奥から樽を二つヒョイと持ち上げると、
「また来るね~」
と言って、外へと出て行く。
「あ、ありがとねー!」
おかみさんは戸惑いながら声をかけた。
2-5. 静謐な神殿
レオは樽を持って出てきたシアンを見ると、
「えっ? まだ飲むの?」
と、あきれたように言った。
「二次会だよ二次会!」
うれしそうに答えるシアンは、戻ってくるレヴィアを見つけると、
「レヴィア! お前んち行くぞ!」
と、声をかけた。
「へっ!? う、うちですか?」
「お前、いい所住んでるんだろ? 招待しておくれ」
ニコニコしながらシアンは言った。
「う、うち、何もないですよ?」
レヴィアは冷や汗をかき、両手のひらをブンブンと振りながら答えた。
「えーと、宮崎ね……」
シアンはレヴィアの言うことをスルーし、目をつぶって何かをやっている。
「あー、分かった、分かりました! ちゃんとご招待します!」
レヴィアが焦って言う。
「え? もう魔法陣展開しちゃったよ?」
「その魔法陣にうちの神殿耐えられないのでやめてください!」
レヴィアは泣きそうになりながらシアンに手を合わせる。
「え? 入り口作ろうと思っただけなんだけど?」
「いや、その魔法陣だと山ごと吹き飛ぶので本当にやめてください」
そう言ってレヴィアは指先を空中でスッと動かして空間の裂け目を作ると、両手でグッと広げた。
「シアン様、どうぞ」
するとシアンは
「樽が入んないよ!」
そう言ってピンク色の大きな魔法陣をブワッと展開し、そのまま空間の裂け目を巨大な丸い穴としてぶち抜いた。そして、レオ達の方を見て、
「はい、二次会に行くよ~!」
と言いながら穴を通って行った。レオ達もシアンに続いて行く。
レヴィアは、
「これ……、どうやって閉じるのかのう……」
と、ポッカリと開いた穴を不思議そうに眺めた。
◇
穴の向こうは神殿だった。鍾乳洞のような巨大な地下の空間に作られた神殿は、純白でグレーの筋が優美に走る大理石で全面埋め尽くされており、静謐で神聖な雰囲気に満ちていた。周囲には幻獣をかたどった大理石の像が配され、ランプの揺れる炎が陰影を浮かび上がらせている。
「うわぁ! すごぉい!」
レオがそう言って感激していると、オディーヌは
「ねぇ、あっちの方に明かりが見えるわ!」
そう言ってレオの手を引っ張って行った。
神殿の出口の先は洞窟になっていて、少し行くと茜色の夕焼け空が見えてきた。外に繋がっていたのだ。しかし、洞窟の出口は断崖絶壁となっていて、下には湯気を上げる火口湖があり、ほのかに硫黄の匂いがする。神殿は火山の火口の脇に作られていたのだった。
茜色から群青色にグラデーションを描く空には宵の明星が明るく光り、静かな夜の訪れを彩っていた。
オディーヌは瞳に夕焼け空を映しながら言った。
「ねぇ、国づくりが失敗したらこの星が消されるって本当……なの?」
「うん、勝手に決めちゃってごめんね」
「それって、私もみんなも全員死んじゃう……ってことだよね?」
「そうなると思う」
「責任重大だわね……」
オディーヌは天を仰いで大きく息を吐く。
「ゴメンね。でも、逆にだからこそうまくいくと思っているんだ」
「え?」
「だって、この星の人全員が協力せざるを得なくなったんだよ?」
レオはそう言ってニヤッと笑う。
「そ、そうなるわ……ね」
「レヴィア様も本気にならざるを得なくなったもん」
「確かに……」
「そして、『貧困のない世界』にして困る人なんて誰もいないはずだよね?」
「お金持ちは困るかも?」
「それは困ってもらっていいんじゃない?」
レオはニコニコしながら言った。
オディーヌはちょっと複雑な表情をしながら、
「王族としてはそこはあまり肯定したくないけど……、でも、父も、貴族のみんなもあまり幸せそうじゃないのよね……。あんなに財宝持ってるのに」
「え? あんなに毎日ぜいたくしてるのに?」
「ぜいたくなんてすぐに慣れちゃうのよ。しきたりにマナーに権力争い……、みんなウンザリしているわ」
「もっと格差をなくした方がいい、ってことじゃないかな?」
「本当はそうだわ。でも、一度得たものを失う恐怖は強烈なの。貴族は私たちの挑戦を全力で妨害するでしょうね……」
「でも、失敗したら滅ぼされちゃうから、協力せざるを得ないんじゃないかな?」
「んー、総論としてはそうなんだけどね、ずるがしこいのよ? 奴らは」
「うーん、その辺は外務大臣にお願い……させて」
「ふぅ、まぁ、仕方ない……わよね……」
オディーヌは渋い顔をして肩をすくめた。
「僕はね、お金も権力も要らないんだ。ただ、みんなに笑顔でいて欲しいだけなんだ」
レオはまっすぐな瞳でオディーヌを見た。
「みんなが笑顔……。確かにそうね。レオが言うことは正しいわ。後はそれをどう実現するか……ね」
「多分、世界には頭いい人いっぱいいるんだから、そういう人たちの知恵を集めたら何とかなるよ」
レオはそう言って屈託のない顔で笑った。
「……、そうね」
オディーヌは大きく息をつくと、静かにそう答えた。
2-6. 国一番のウイスキー
「二次会だよ~」
シアンが呼びに来る。
神殿の真ん中に大きなテーブルが広げられ、エールの樽が並べられている。そして、どこから出したのか、香り高い肉料理に熱々のスープなど、おいしそうな料理が並んでた。
レオとオディーヌはジュースのジョッキ、シアンとレヴィアは樽を持った。
「おバカさんたちに邪魔されたんで飲み直し! カンパーイ!」
シアンがそう言って樽を持ち上げる。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
シアンもレヴィアも景気よく樽を傾けながらエールをゴクゴクと飲んだ。
「ねぇ、飲んだお酒はどこへ行くんだろうね?」
レオは小声でオディーヌに聞く。あんなに飲んだらお腹が膨れそうなのに、見た目は全然変わらなかったのだ。
「二人のやる事を常識で考えちゃダメよ」
オディーヌは何だか嬉しそうに言った。
「プハ――――! 美味いっ!」
シアンは一気に樽を空けると、目をギュッとつぶってうれしそうに言った。
「シアン様、ペース早すぎですよ……」
レヴィアはまだ半分くらい残った樽をドンとテーブルに置いた。
「次はウイスキーにするか!」
シアンは頬を赤く染めて上機嫌で言った。
「え? それはウイスキーを出せってことですか?」
「レヴィちゃんなら美味しいの持ってるでしょ?」
シアンはうれしそうに言う。
レヴィアは目をつぶってうなだれ、しばらく逡巡した後、吹っ切れたように言った。
「分かりました! 出しましょう! 三十年物! 我の秘蔵のウイスキーを!!」
「うんうん、いいね!」
そして、レヴィアは空中に切れ目を入れると、そこからウイスキーのビンを慎重に取り出した。
「キタ――――!!」
盛り上がるシアンはビンを受け取ると、まじまじとラベルを読む。
「今、水と氷を用意しますからね……」
そう言ってレヴィアは水割りセットをかいがいしく用意する。
しかし、シアンはそんなレヴィアをしり目に、ゴクゴクとそのままラッパ飲みをしてしまう……。
「へ!?」
レヴィアが気が付いた時はもうほとんど飲みつくされてしまっていた。
「プハ――――! 最高!」
シアンは飲み干して言った。
それを見たレヴィアは、
「あ……ああ……」
と声にならない言葉を発して動かなくなった。
「あー! 美味かった!」
シアンはそんなレヴィアを気にもせずにうれしそうに笑う。
「わ、我も……、飲みたかったのに……」
レヴィアはガックリとうなだれる。
シアンはちょっと焦って言った。
「え? あ、ゴメンね。今コピー出すからさ……」
「コピーじゃダメなんです! オリジナルが一番美味いんです! うわぁぁぁん!」
そう言ってレヴィアはテーブルに突っ伏した。
「ゴ、ゴメンよぉ」
青くなるシアン。
「もう知りません!」
レヴィアはテーブルに突っ伏したまま、動かなくなってしまった。
シアンは気まずそうな顔をしてレオとオディーヌを見る。
オディーヌは、シアンと目を合わすと、
「王宮にはもっといいウイスキーあったと思いますよ。用意しましょうか?」
と、レヴィアに声をかける。
すると、レヴィアはガバっと起き上がり、
「いいのか!?」
と、うれしそうに聞いた。
「ええ、一本くらいなら……」
「よしそれだ! 取ってきて!」
そう言ってレヴィアは空中を指で切り裂くと両手で広げる。切れ目の向こうは王宮だった。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
オディーヌはそう言って切れ目をくぐり、タッタッタと小走りに駆けて行った。
「王宮じゃからな、国一番のウイスキーがあるはずじゃぞ!」
ワクワクしながらレヴィアはオディーヌの帰りを待つ。
ほどなくして、オディーヌはビンを一本大切そうに持って戻ってきた。
「これでいいですか? お酒の事良く分からなくて……」
レヴィアはビンを受け取るとラベルをジッと見る……。
「おぉ、これは! 四十五年物じゃな!」
そう言ってうれしそうに笑った。
「レヴィア、僕にも~」
シアンはニコニコしながら言う。
レヴィアは渋い顔をして、
「半分ずつにしましょう」
と、シアンをジト目で見た。
「分かったよ!」
シアンはうれしそうに笑う。
2-7. 渋谷スクランブル
レヴィアはジョッキに半分ずつ丁寧に分けるとシアンに渡し、
「それじゃ、改めてカンパーイ!」
と、声を上げた。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
みんなでジョッキをぶつける。
そして、レヴィアもシアンもゴクゴクとウイスキーを飲んだ。
「ねぇ、ウイスキーってこうやって飲むものなの?」
レオは小声でオディーヌに聞く。あんな強いお酒をジョッキで飲む人など初めて見たのだ。
「違うと思うんだけど……、二人のやる事を常識で考えちゃダメよ」
オディーヌは嬉しそうに二人を見つめながら言った。
「プハ――――! 美味いっ! 最高じゃ!」
レヴィアは恍惚とした表情で言った。
「こっちの方が美味しい!」
シアンも嬉しそうに言う。
「やはり王宮の酒は違うのう!」
レヴィアはオディーヌを見てうれしそうに言った。
「お世話になるので、このくらいはやらせていただきます」
オディーヌは頭を下げ、うやうやしく答えた。そして、続ける。
「それでですね、一つお願いが……」
「ん? なんじゃ? 何でも聞いてやるぞ」
レヴィアは上機嫌に言う。
「さっき、『貧困のない国がある』っておっしゃってたじゃないですか」
「あぁ、まぁ、完ぺきではないがな」
「そこに視察に行きたいんです!」
オディーヌは身を乗り出して言った。
「へ!? 行きたいのか?」
「目標を明確にするうえですごい参考になると思うんです」
「いや、それは……管理局が……」
と、レヴィアが難色を示していると、シアンが言った。
「いいよ! 今すぐ行こう!」
「えっ! シアン様、そ、そんなの管理局の許可が下りませんよ!」
「レヴィア、管理局と僕、どっちが強い?」
シアンはニヤッと笑って言う。
「そ、それはシアン様ですよ。シアン様に勝てる者などこの宇宙にはいないのですから……」
「ならいいじゃない、行くよ!」
「えっ、報告書誰が書くと思ってるんですかぁ?」
レヴィアは泣きそうになって言った。
「王宮のウイスキー飲んだろ? 美味しかったろ?」
「いや、それとこれとは……」
「さぁ! レッツゴー!」
シアンはそう言ってうれしそうにジョッキを高く掲げた。
次の瞬間、四人は夜の渋谷のスクランブル交差点に居た。四方八方から押し寄せる群衆、そして目の前に展開される煌びやかな巨大動画スクリーン。レオもオディーヌも何が起こったのか全く分からず、雑踏の中呆然と立ち尽くした。
やがて信号が赤になって人がはけていき……、車がパッパー!とクラクションを鳴らした。
「危ないよ、早くこっち!」
シアンが二人を引っ張って歩道に上げる。
「な、何ですかこれ!?」
オディーヌは初めて見る東京の風景に驚きを隠せずにいた。
「ここは日本、貧困のない国だよ」
シアンはうれしそうに言った。
ガガガガガガガー!
鉄橋の上を山手線が走り、続いて逆方向から成田エクスプレスが高速で通過していく。
「うわぁ!」
レオは目を真ん丸にして後ずさりする。
「人がたくさん乗ってるわ……」
オディーヌはビックリして言う。
すると、巨大なトラックが、重低音を効かせた音楽を大音量で流しながら交差点を曲がっていく。
「何なの? ここは……」
二人は身を寄せ合って辺りをキョロキョロした。
「お、君可愛いね、ちょっとお茶でも飲もうよ」
ちゃらいカッコした若い男がオディーヌに声をかけてくる。
「ナンパは間に合っとる!」
レヴィアは男をにらみつけて言った。
「何? きみも可愛いけどちょっとまだ早いかな?」
「ぶ、無礼者が!」
レヴィアが手を上げると、シアンがそれをつかんで止めた。
「お兄さん、そこまで。これ以上ちょっかい出すとお仕置きだぞ!」
シアンはそう言って男をにらみつけた。
「おぉ、君も可愛いねぇ。どんなお仕置き? 二人でゆっくり……」
男は懲りずにシアンを口説きだす。
シアンは何も言わず、目にも止まらぬ速度で男の額にデコピンをかました。
「ぐわっ!」
男は吹き飛ばされて道路わきの植栽に埋まる。
そして、口から泡を吹いてガタガタと震えだした。
「はい、移動するよ!」
シアンはそう言ってレオとオディーヌの手を取ると、センター街の方へと進んで行った。
2-8. 電子決済
「あの人はどうなったの?」
「ちょっとお仕置きしただけ。しばらくしたら正気に戻ると思うよ。もう二度と声かけようと思わなくなってるだろうけど。きゃははは!」
そう言ってうれしそうに笑った。
オディーヌはすれ違う人のファッションを興味深そうに観察しながら、シアンの後をついて行く。太ももののぞく短いスカートに厚底の靴だったり、極彩色のパーカだったり、オディーヌの目はキョロキョロとせわしなく動く。一人一人素材も色も形もみんな違う服をまとっていて、綺麗だったり、カッコよかったり、難解だったり、服装を見ているだけでオディーヌは圧倒されていたのだ。
「これ食べよう!」
シアンは立ち止まり、道端のイチゴのスイーツショップを指さした。大きなイチゴがいくつも串に刺さり、飴でコーティングされていてとても可愛い。
「あー、はい。お主らも食べるか?」
レヴィアはレオとオディーヌに聞く。
二人とも遠慮がちにうなずいた。
「じゃ、四本おくれ!」
レヴィアはそう言ってイチゴ串を受け取った。そして、iPhoneを機械にかざしてピピっと鳴らす。
「まいどあり~」
オディーヌはその様子を見て驚いて聞いた。
「えっ!? 今のでお金を払ったんですか?」
「そうじゃよ、電子決済」
そう言ってレヴィアはイチゴにかじりつき、
「おぉ、これは美味いのう」
と、パアッと明るい顔をした。
「もしかして、その道具の中にお金が入ってるんですか?」
「これはただの端末じゃ。お金のデータはサーバーと言って遠い所の機械の中で管理されておる」
「それはつまり……、価値の創造……ですか?」
「お、良く分かっとるのう。現金にしちゃったら持ち主だけの所有物じゃが、サーバーに置いておけば保管者もその価値を間接的に利用できる。実質的に金の量が増えるんじゃ」
「すごい……」
「金融工学の一つじゃな。この国は銀行や証券や金融商品で高度に金の価値を何重にもふくらまし、現金の五十倍もの量のお金が社会を駆け巡って高度に繁栄したんじゃ」
「うわぁ……。それ、国づくりには絶対必要ですね」
「ま、そうじゃろうな。後で教科書をあげよう」
「あ、ありがとうございます! やっぱり来てよかった!」
オディーヌはうれしそうに笑った。
「よーし、展望台行くぞー!」
あっという間に食べ終えたシアンはそう言って歩き出した。
「あー、ちょっと待って!」
レオは急いでイチゴを頬張り、シアンを追いかける。
「あのお方はせっかちじゃのう……。でもまあ展望台はいい選択かも知れんな」
そう言いながらレヴィアはオディーヌと一緒に追いかけた。
◇
ポーン!
高層ビルの四十五階にある展望台にエレベーターがついた。
ドヤドヤと他の客と一緒に降り、エスカレーターを上る一行。すると、ガラス窓の向こうに煌びやかな東京の夜景が広がっていた。
「すっ、すごい……」
レオもオディーヌも目を真ん丸くして見入った。
六本木ヒルズにオレンジ色にライトアップされた東京タワー、あちら側には新宿の高層ビル群、見渡す限りびっしりとビルで埋め尽くされ、宝石箱をひっくり返したような煌びやかな夜景が続いている。
「これが東京じゃよ。一千万人が住む巨大な都市じゃ」
レヴィアは二人の後ろから説明する。
「一千万人!?」
レオは驚いて振り返る。
「そうじゃ、ニーザリの百倍じゃな。ちなみにこの国全体では一億人以上じゃ」
「一億人……。もう想像できない量だね……」
「そんなに多いのに、一人一人はかけがえのない存在として人権を保障されて暮らしとる。まぁ、よくできた国じゃよ」
「王様は何してるの?」
「王様は……、あっちのほうに皇居というお城があってな。そこに住んどるよ」
「やっぱり王様がこの国を治めているの?」
「それが違うんじゃ。王様はいるだけで実権はない」
「え!? じゃ、誰が治めているの?」
「国民が選んだ人たちが数年ごとに変わりながら治めているんじゃ」
「すごい! 理想だね!」
「じゃが……、それでも問題はまだまだ山積みみたいじゃよ」
「いや、でも、奴隷や貧困に悩まされない国……最高ですよ!」
「うん……まぁ、そう……かもな。とりあえず、このくらいの体制が整えば国づくりも完成と言っていいじゃろうな」
オディーヌが横から聞く。
「実権のない王様なんて、上手くいくものですか?」
「この星ではそれがスタンダードじゃよ。多くの国で王様は君臨するけど統治はしないんじゃ。そして、どこでも国民は王様が大好きじゃ」
「そ、そうなんですね……」
オディーヌは夜景を見つめながらつぶやくように言った。
2-9. 即死する少女
「さー、三次会だ! 飲むぞー!」
シアンはうれしそうに併設のバーにみんなを引っ張っていく。
「レヴィア! スパークリングワインをボトルでね!」
そう言ってシアンは夜景が見える特等席に陣取った。
「シアンさんはここで生まれたんですよね?」
オディーヌが聞いた。
「そうだよ、四年前にね。あの塔のふもと辺りで」
そう言ってシアンは東京タワーを指した。
「よ、四年前!? じゃ、シアンさんは……四歳?」
「うふふ、バレちゃったか。きゃははは!」
シアンは楽しそうに笑った。
「え? でも……、私よりは年上……に見えるんですが……?」
困惑するオディーヌ。
「シアン様に時間などあまり関係ないのじゃ」
そう言いながら、レヴィアは持ってきた飲み物とホットドッグをテーブルに置いた。
「じゃあ、東京の夜景にカンパーイ!」
シアンはうれしそうに乾杯の音頭を取る。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
シアンはスパークリングワインをキューっと一気飲みすると、
「クーッ! 綺麗な夜景見ながら飲む酒は格別だねっ!」
と、喜色満面で言った。
「四歳なのにお酒大好きなんですね」
オディーヌが聞く。
「なんだかうちのパパたちが、何かあるごとに酒ばっかり飲んでてね、それが遺伝したみたい」
「神様とお酒は切っても切り離せませんからな」
レヴィアが言う。
「神様!? シアンさんのお父様は神様なんですか?」
オディーヌは驚いて聞く。
「えーと、うーんと……神様のリーダー? なのかな?」
シアンは首をかしげながら答える。
「リーダー? じゃあ、神様がたくさんいらっしゃる?」
「そうだね」
「じゃあ、シアンさんも神様ですか?」
「僕はシアンだよ」
そう言ってニコニコと笑った。
「シアン様は神様を超越されてるのじゃ。例えば、今もこうやってここにいらっしゃるように見えて、他の星で戦ってたりするんじゃ」
「え? レヴィア見えてるの?」
シアンが不思議そうに聞く。
「なんとなく様子で分かるのです」
「ふーん、今ちょうど、レジスタンスの悪い奴を見つけ出して衛星軌道上で交戦中~」
シアンはうれしそうに言った。
「えっ!? シアンは身体がたくさんあるの?」
レオは驚く。
「管理してる星が百万個あるから一つじゃ足りないんだよ」
ニコニコするシアン。
「ふへ――――」
レオは絶句する。レオは『今までに何個も星を消してきた』と言っていたシアンの言葉の背景が何となく分かったような気がした。
「よーし、敵が突っ込んでくるぞ。殲滅してやる。ガンマ線バースト用意!」
シアンがノリノリで言った。
レヴィアが焦って言う。
「ちょ、ちょっと待ってください! ガンマ線バーストって、宇宙最大の爆発現象のことじゃなかったでしたっけ!?」
「そうだよ? 物理攻撃無効の戦艦で突っ込んでくるんだもん。試しに撃ってみようかなって」
「ダメダメ! ダメですって! そんなの撃ったら太陽系ごと吹き飛びますよ!」
「え? そんな?」
「そうですよ、太陽が生み出す百億年分のエネルギーを二十秒で一気に放出するんですよ? 何光年離れてたって全て焼き尽くされるはずです」
「あぁ……もうダメだ、もう止まらないみたい……」
シアンはそう言うと、ビクンビクンと身体を痙攣させた。
そして、しばらく放心状態になってしまった。
「シ、シアン……、大丈夫?」
レオが心配そうに聞く。
レヴィアは、
「ダメって言いましたよ、私は……」
そう言って肩をすくめた。
やがてシアンは目をパチパチとさせると、スパークリングワインのビンをガッとつかみ、一気飲みをした。
そして、ビンをガン!とテーブルに置くと、
「いやー、レヴィアの言う通りだったよ! きゃははは!」
と、うれしそうに笑った。
「え? どうなったんですか?」
「星がね一瞬で蒸発しちゃった。僕も射出口の裏でシールド重ねて隠れてたんだけど瞬殺だったよ」
シアンは自分が死んだことを報告しながら、ケタケタと笑った。
「え? シアン死んじゃったの?」
レオがビックリしていると、シアンは
「ふふっ、良くあることだよ」
と言ってニヤッと笑った。
2-10. 宇宙の根源
「シアン様は時空を超え、命の法則も超えられるのじゃ」
レヴィアは達観したように説明する。
「なんでそんなことができるの?」
レオがシアンに聞いた。
「この世の理を知ってるからだよ」
シアンはホットドッグをほお張りながら答える。
「え? 知ってるだけ?」
「そう、知ってるだけ」
「知るってそんなにすごいことなの?」
「この世界は情報でできているからね。知るということは操れるということだよ」
「うーん、どういうことかなぁ……」
首を傾げ悩むレオ。
「世界がどうやってできているか知っているから、そこに干渉できるってことですか?」
オディーヌが聞く。
「君は良く分かってるねぇ」
シアンはニコニコして答えた。
「え? どうやってできてるんですか?」
「じゃ、特別に見せてあげよう!」
そう言うとシアンはシアンは両手のひらを上に向け、何かをつぶやく。
すると光が周囲から集まってきて、手の上でクルクルッと渦を巻いて……消えた。
「ほら、これがこの宇宙の根源だよ。全宇宙はここにあるんだ」
シアンはニッコリと笑いながら言った。
しかし……、そこには何も見えない。
「何も……、見えないんですが……」
オディーヌは困惑しながら答える。
「しょうがないなぁ、じゃ、ビジュアライズしてあげるね!」
そう言ってシアンが目をつぶると、光が渦巻いていた辺りから虹色に輝くリボンが高速で噴き出してきた。
「うわぁ!」「わっ!」
驚くオディーヌとレオ。
リボンはどんどんと噴き出され、テーブルも床もあっという間に輝くリボンで埋め尽くされていく。
オディーヌは自分の周りにもワサワサとやってきたリボンをじっと観察する……。
「あれ? これ、数字……だわ」
リボンはよく見ると1と0の文字が無数に組み合わさってできており、文字ごとに赤、青、緑で色付けされて輝いていた。虹色に見えたのはこれらの組み合わせだったのだ。
「そうだね、宇宙の根源はこの無数の1と0の数字の集合体なんだ」
「え? 数字……?」
レオは驚いてリボンをジッと見つめた。
「そう、この世にあるものは全てこれで構成されているんだ」
シアンは両手を広げ、満足そうに言う。
「あれ? この数字、リズムがあるね……」
レオがリボンのいろいろな所を見ながら言った。
1と0の数字は時折変わるがそこには一定のリズムがあったのだ。
「おぉ、良く気づいたね。そう、宇宙の根源はダイナミックに躍動しているんだよ」
数字が変わるたびに色も変わるため、虹色のリボンはリズミカルにきらめきを放っている。
「まるで歌を歌っているみたいだ」
レオはうれしそうに言った。
「そう! 僕たちの世界は唄でできているんだよ」
シアンはそう言うと両手をパァッと高く掲げ、宇宙の根源を宙に放った。
宇宙の根源は窓をすり抜け、虹色に輝くリボンをどんどんと吹き出しながら渋谷の空高く飛んでいく。それは上質なイルミネーションとなって煌めきながら東京の夜空を彩った。
「すごい……。シアンはあの数字を理解しているから何でもできる……ってことなんですね?」
オディーヌは宇宙の根源の煌めきに目を奪われながら聞いた。
「そうだよ。この宇宙のすべてはあの歌う数字なんだ。数字を理解し、数字を操作する事でこの宇宙の事は自由にできるんだ」
「すごぉい……」
オディーヌは絶句する。
宇宙の根源の煌めきは、やがて静かに消えていった。
「他にそんなことできる人はいるの?」
レオが聞く。
「僕だけだね。でも、パパはあの数字のあり方を規定できる。だから、パパと戦えば勝てるけど、本質的にはパパの手のひらの上からは出られないんだ」
「何……言ってんだかわからないよ……」
レオは困惑した。
「無理に理解せんでいいぞ。人間には到底理解できん世界じゃからな」
レヴィアはそう言って静かに首を振った。
「そう言えば、さっき蒸発させちゃった星の人たちはどうなっちゃったんですか?」
オディーヌが心配そうに聞く。
「あ、あの星? もう元に戻しておいたよ」
「え!? 蒸発させた星を戻せるんですか?」
「この世の理を知ってるからね」
シアンはニコニコしながら言う。
オディーヌとレオは顔を見あわせ、言葉を失ってしまった。